■私といとこ

※友情寄り/勇者が夢主以外の誰かを想っていることが匂わされる描写

「誰ッ!?」
 こんな町外れの小屋に、人がやってくることはほとんどなかった。私は偏屈な祖父と二人暮らし。父のことも、母のことも、そして……その二人の隣で眠っている、もう一人の人間のことも、私は墓しか知らないのだ。
「ああ、えと……」
 墓参りをしていると、見知らぬ男がやってくるなんて、普通警戒するだろう。私は時々山を降りてブランカのお城に行くとき以外、祖父以外の人間を見たことがない。
「どうすればいいかわからなくて寄ってみたんだけど……ああ、すみません、迷惑でしたか」
 緑髪に青い瞳、精悍な顔つきをした男は、迷ったそぶりを見せたあとそう言った。あまり他人と話すことに慣れていないのかもしれない。彼は、なんだか疲れ果てたようにも見えたし、寂しそうにも、辛そうにも見えた。
「……そうねー、あなた、旅人? とりあえず、その装備じゃ貧弱だわ。油断したら、弱い魔物にも負けてしまうわよ。中に私のおじいちゃんがいるの、偏屈な人だけど。相談してみたら?」
 迷惑だったか、の問いには答えず私はそう言った。彼は迷った挙げ句、中に入っていく。それを見送って、私はもう一度墓に向き合った。
「父さん、母さん……そして、伯父さん。私はあなたたちには会ったことがないのだけれど、わかりました……。ねえ、伯父さん。今の青年は、あなたの息子さん、でしょう」
 勿論墓からの返事はない。私はここら辺の事情を祖父から聞いたことがなかったが、町の人が噂していた。天空人の女と、木こりの男が結ばれ、勇者が誕生した、……と。その男が私の伯父であることは、薄々気づいていた。私が、勇者のいとこであることも。
 だから、わかったのだ。あの青年は、あのどことなく人間離れしたような男は、勇者であると。
「彼に、何かがあったのかしら、なんだかとっても、辛そうだった」
 勿論、返事はないのである。静寂だけが響き渡った。

「あら、おかえりなさい。うん、その鎧、似合っているじゃない。あ、おじいちゃんに何か言われたかもしれないけど、気にしないでね。あの人はただ、人と話すのが苦手なだけなの」
 私からの問いかけに、扉から青年は、はあ……とただ曖昧に頷く。私は軽く微笑んで、
「でも、また来てくれると嬉しいな。私も、おじいちゃんと二人きりの生活、平和だけれどちょっぴり退屈なの。おじいちゃんに言えば、素直な物言いじゃないかもしれないけど、泊めてくれると思うわ。話し相手になってくれないかしら」
 そう言った。私がなんでこんなことを口走ったかはいまいちよくわからないし、名前も知らない彼もよくわかっていないだろう。彼は一言返事をした後、山を降りていった。

 それから暫く経った頃。彼にたまには来て、と言ったものの、彼はわざわざここに来る義理もないだろうと思ったし、彼はもう来ないだろうとさえ思っていた。私はただ、単なる気まぐれでそう言ったに過ぎないのだ。
 そんなある時。
「なあにこの家? ボロっちいわねえ」
「ちょっと、姉さん!」
 あの青年が、二人の美人を連れてやってきた。よく似ている。姉妹だろうか?
「ええと、こんにちは」
 この間より、幾分か元気のでた様子で青年が立っていた。それでもやつれた風貌は変わらず、なんだか心配になってしまう。
「ええ、こんにちは。泊まりに来たのなら、おじいちゃんに聞いてみるといいわ。素直じゃないと思うけれど、タダで泊めてくれるわよ」
 私が言うと、一言二言挨拶を交わし、彼らは小屋の中に入っていった。私はお墓の掃除を再開する。

 掃除も一段落して、両親と伯父に手を合わせ終わったところで、青年がやってきた。
「あら、泊めてもらえなかったの?」
 茶化すように言ったが、わかる。祖父はそんな人ではない。
「いや、そんなことは」
 青年はそして黙る。私は聞いた。
「ねえ、私、あなたの名前、知らないわ。私はナマエ。ねえ、教えてくれないかしら」
「……ソロ、です」
 そう、と私は答えた。なんだか、寂しそうな名前である。
「ねえ、私、もう来てくれないかと思ったけれど……どうしたの? 勿論、嬉しかったけれど。ねえ、あの二人は? 中に入っちゃったのかしら」
 私はペラペラはなすけれど、青年は言い澱んでいる様子だった。やがて、意を決したように言う。
「あの二人は小屋で休んでますよ……。……。……実は俺……、人が、信じれなくなって。でも、頼れる人ももういない。どこかに頼りたくなって、ふと思い付いたのが、あなたたちだったんです。笑っちゃいますよね」
 端正な顔立ちが歪む。彼は何か辛いことを思い出しているように見えた。
「俺が好きだった人たちはみんな、死んでしまった……。旅は道連れ、と俺を勇者だと呼ぶ姉妹に出会ったけれど……、魔物があの姉妹に扮して、何回も俺を騙して、そして……。『しんじるこころ』なんて宝石を見つけたけれど、俺には人を信じることができなかった。本当はその宝石を渡さなければならない人がいるのに、二人に無理を言ってここに来てしまった」
 はあ、とため息をつく彼は、既に限界が来ているようにも思えた。
「……黙って聞いてくれて、ありがとうございます。口に出して言ったら、少し心が軽くなりました」
「……ねえ、ソロ」
 なんですか、と気だるげに彼は返す。
「別に私にはあなたがどんな人間なのかはよくわからないけど……。人間が信用できなくても、仲間は信用してもいいと思うわ。まあ、こんなこと言う私を信用してくれなくっても別に構わないけれどね」
 ソロは、はあ……と曖昧に返事をする。そして、お辞儀をして、私に背を向けた。
「まあ、暇だったり、仲間には言えない悩みができたらまた来なさい。アドバイスにはならないかもしれないけれど、話を黙って聞いてあげることくらいならできるわよ」
 ソロは何も言わず、小屋に入っていった。

 それ以来、ソロはちょくちょくやってきた。パーティメンバーも少しずつ増えて、最終的にはソロを含めて八人。
 そしてソロ自身は……段々と頼もしい青年へと変わっていった。いつの間にか私に対して敬語をなくし、憂いを帯びた表情に変わりはないが、顔立ちは覚悟に染まっている。
「あなた、変わったわね」
 私がそう言うと、そうか? と言ってソロは笑った。
「まあ、あんたのお陰かもな、ナマエ。あんたがいなかったら、仲間たちと打ち解けるのも、吹っ切れることも……もう少し時間が必要だったかもしれない。感謝してるよ」
 ソロが端正な顔立ちで笑うので、なんだかこっちが悩ましくなってくる。血の繋がったいとこであるのに、さすがにそれは不味いかな。まあでも、彼の心の中には違う人がいるらしいので、この気持ちは秘めておくことにした。

「ナマエ。また来るな」
 ええ、と彼の言ったことに返事する。これが日常。でも、気づいている。ソロたちが元凶を倒しにいく日が近いことも、ソロたちが段々この小屋に寄る頻度が減っていることも。
 なんだか憂鬱な気分で小屋に入る。ただいま、と私が言うと、祖父はこう言うのだ。
「なんだあ? 辛気くせえツラしやがって。俺は辛気くせえガキが嫌いなんだよっていってるだろ! これでも食いやがれ!」
 と、手間ひまかけた、とても美味しい山菜料理を出してくれるのだ。相変わらず素直じゃない物言いに、私は思わず笑うのであった。


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