8.決断
「あなたの、もとで、働く……?」
深く考えず復唱すると、ナランチャは、ああ、と頷いた。
「最初はな、君を家に帰してやりたかった。今ではわかるんだよ、ブチャラティの気持ちもな……オレは、君の助けになりたい。それは本当だ。でも、オレには、これしか方法がわからねーんだよォ……」
半分独り言のように呟く彼。私には、ナランチャが何を言いたいのか、よくわからなかった。
「無理に、とは言わない。他にアテがあるならぜってェーそっちを当たった方がいい。けど、万が一、他にアテがなくて、病院から出たら今にも死にそー、だって言うなら」
ナランチャはそこで一呼吸置いて、まるでプロポーズを決意したかのように言った。
なあナマエ。オレと一緒に、働かないか?
――働く。それは願ってもいないことだ。他にアテなんて、ない。そうすれば、多少なりとも、生活はよくなるだろう。
「あと、これも無理に、とは言わねーが、ウチに暫く泊めてやることも……あ、やましい意味はねーからな!」
ナランチャはこう付け加えた後、自分の言ったことに慌てふためいたようだった。
――衣、食、住。それの確保ができる。もう断る理由などないのではないか?
ナランチャは良い人だ。もし仮にだまそう、とする悪い人だったとしても……そこらでの垂れ死ぬよりはずっとマシではないか。断ったことで後悔しながら死ぬなんて、嫌。そもそも騙す理由も思い付かないし。
「……いいね、わかった」
私は、長い思考とは裏腹に、短く返事をした。ナランチャの顔が微妙に緩む。
だが、その時の私は気づけなかった。
ナランチャが言う「仕事」のこと、「仕事」の勧誘するのに言い淀んでいたこと、そして、私が了承したときに見せた、嬉しそうな顔の下に隠れた、不安そうな表情も。
そのときの私は、気づけなかったのだ。
ナランチャのミスは、ひとつ。
私が、ナランチャたちの仕事は、既に『ギャング』であることを、察していると思い込んでいたのだ。だから、私が『覚悟』のうえ、そういう決断を下した、と思っていた。
対して、私の過ちはたくさん。
その中のひとつは、ナランチャたちの仕事がなんなのか、確認せず仕事を引き受けたことだ。
でも、それは結局、ミスではなかったのかもしれない。
私は、人を殺すことに、ほぼ抵抗感がなかった。
それは、私が記憶を消すことになった理由に直結していたのだが、この頃の私は、そこまで深く考えてはいなかった。