7.囁き

 驚くべきことに、私は目を覚ました。
 目の前に広がるのは青空でもなく、曇り空でもなく、雨でもない。目を覚まして白い天井がある、なんてこと、初めてだ。
 ここは……? と周りを見渡す。気怠い感覚。空腹は感じていない。白いベッドに身を乗せ、点滴が私の腕に繋がっている。
 病院……。ここは、病院……か。

 ……なんで?

「よお、『ナマエ』。元気か?」
 一瞬、私は文字通り硬直した。
 その声は。私の名を呼ぶ、その、声は。
「……な、らんちゃ、……さん?」
 声のした方を見ると、『ナランチャ』……私をあの時助けてくれた少年が、ベッドの横の椅子に座っていた。
「これでもこの一週間、結構探したんだぜェ? 最初君を見つけたところ辺りとかな。でも、いなかった。仕事の合間に路地裏とか覗いてたら……これはビックリ、君がブッ倒れてたんだよォーッ。結構焦ったぜ! というか君、オレの名前知ってたのか?」
 頭が働かない。理解が追いつかない。私は、『ナランチャ』から、あそこにいた人たちから記憶を消したはず……。
「それ、は……こっちのセリフ……私、名乗ってないし。それに、なん……、で、記憶が消えてないの、あなたから」
 思うように動かない口を動かし、彼に問いかけた。返答次第では、かなりマズい状況になるだろう……。これ以上状況が悪くなるとも思えないが。
「ああ、それか。君の『スタンド』から聞いてねえのか?」

 『スタンド』。彼は確かにそう言った。その言葉にどこかひっかかる。今までそんな言葉、聞いたこともないはずなのに。

「……『スタンド』、って、何?」
「……あ、知らねえのか。『スタンド』ってのは」
 ブオン。ナランチャの背後から飛行機のようなものが出てきた。私の『イン・シンク』や、この間『ブチャラティ』が出してた青い『何か』と同じ雰囲気……。これが、『スタンド』?
「こういうのだよ。オレも、ブチャラティも、フーゴも持ってる」
 そう言った彼は、『スタンド』を引っ込めた。
 少しずつこの状況を咀嚼する。一体、私は、どういう状況にあるのか、どうしたらいいのか。考えなくてはならないのだ。
「……だから、あの時私の『インシンク』が、あなたたちも見えたってこと……? 私の『インシンク』は、『スタンド』……?? ……あ、だから『インシンク』の記憶消しが効かなかったってことなの!?」
 思わず慌てる私を、ナランチャは抑え込んだ。
「オイオイ、落ち着けよ! いいか、ブチャラティにもフーゴにも効いてた。……多分。オレの記憶が消えてないのは……何でかな? なんか、君の『スタンド』がオレに語りかけたんだよ。『ナマエを助けて』―――ってな」
 彼がそう言った途端、時が止まったように感じられた。

「……おい、大丈夫か?」

 ……嘘? あの、『インシンク』が? 私が困っている時に限って出てこなくなって、私が倒れても出てこなかった『インシンク』が? 『名前を助けて』だって?
「………………そう、か。そうなの、ね…………」
 思わず『イン・シンク』を出して問いただそうとしたが、出てこなかった。出てこなかったり出てきたり、『彼女』は一体なんなのだろう?
「……ねえ、私、あなたたちが探している犯人、……なんじゃないの? 放っておいていいの?」
 私が聞くと、彼はなんでもないことのように答える。
「別に、君が心配することじゃねーよ。ブチャラティもフーゴも君のことは覚えていない。オレは君を告発しない。これで充分じゃあねーか? ただ、バレねーようには気をつけろよ。バレたら終わりだ」
 あくまでこれは警告だ、とばかりに真剣な顔をしてナランチャは言う。そんな顔に、不覚にも少しドキリとした。
「……そう、なの? じゃあ、『ブチャラティ』と『フーゴ』は何故、『私が記憶喪失だ』と言った時、あんなに警戒を強めたの?」
「それは、身元がわからない人間が目撃情報として有力だったから……。たまたま目撃した人間が、『知らない人だった』と断言したらしい。地元に精通してる人で、浮浪者の顔すら把握してたのに。それに加え、盗みの報告もあったしな」
 ……見られていたのか。私はもう少し慎重に行動すべきだった……否、『インシンク』が手抜きしたのだろうか? もしそうだとしたら、迷惑な話である。
「それより君……えと、『ナマエ』って呼んでもいいかな」
 いいけど、と言うとすこし嬉しそうに顔を綻ばせた。そしてその後、また、顔を引き締めて言う。
「これからどうすんだ? ナマエ。なんか、計画でもあるのか?」
「……どうもこうも、ない。私は、どうすればいいのかわからない」
 ナランチャの問いに、しばらく考えてこう言った。心が曇る。これから一体、どうすればいいのだろう? それに、病院代のことも。
 そんな私を見て、ナランチャは少し考えた後、こう提案した。
 それは、私にとって、天使の囁きのように思われたのだった。
「じゃあ、こういうのはどうだ?『しばらくここで入院して元気になった後、オレの元で働く』ってのは?」

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