25.転機
「場所を移そう。あまり、人に聞かれる訳にはいかないからな」
ブチャラティのこの言葉により、私たちはあのレストランから、チームのアジトへと移動していた。
そして到着してすぐ、ブチャラティはこう切り出した。
「さて。まず、今の状況を整理しようか。フーゴ、頼めるか」
「ええ。任せてください」
そしてフーゴは今までのことの顛末を、あのときその場にいなかったブチャラティに報告し始めた。
ジュリオチームのひとりが私に攻撃を仕掛け、フーゴとナランチャがそれを助けてくれた――あのときのことを、ありのまま。
その間、私はしばらく彼らの会話に耳を傾かせていた。
それから、ふとナランチャの方を見る。彼は一応は話を聞きつつも、退屈しているように見えた。
「そういえばナランチャ、さっきどうやって私のことを見つけたの?」
だから私は彼の方へ近寄り、小声で話しかけた。今のところ、報告の件はフーゴに任せておいても大丈夫そうだったからだ。
それに、気になっていることもあった。私はナランチャのスタンドを見たことはあったが、詳しい能力は知らなかった。
つい先程、ナランチャが『二人分の呼吸』と言い、敵スタンド使いに隠されていた私を見つけ出したことには、ナランチャのスタンド能力が関わっているのではないかと思ったが、どうなのだろう。聞いてみないことにはわからなかった。
「ん? そういえば、ナマエはオレの『エアロスミス』の能力、知らなかったっけ?」
「う、うん」
ナランチャはきょとんとした様子で私の方を見た。意図的に隠していたというよりは、本当に伝え忘れていた、といった感じだ。
彼のスタンド能力とは一体何なのだろう。正直、かなり気になっていた。
飛行機のようなものが機銃を撃つだけではないのだろうか?
そう首を傾げる私の前で――ナランチャは目を輝かせて、自慢げにこう告げた。
「へへへ、聞いて驚けよ! オレの『エアロスミス』は、二酸化炭素を探知できるんだぜ!」
「二酸化炭素?」
彼の言ったことをそのまま復唱した私に、ナランチャは得意げに言う。
「へへ、スッゲーだろ? だからよォー、オレ、探査するのは得意なんだぜ! だからよ、尾行されていたとしても、絶対ェーに逃さねーんだぜっ。それにさ、どこに隠れていても、すぐ見つけられるんだよ!」
「へえ……」
彼の言葉に私は想像する。これは、味方にいるととても頼もしい能力だろう。敵を逃さず仕留めることができる――逆に言えば、彼の能力は、敵に回したら怖い能力だということだ。
私は感心して息を吐いた。そんな私の反応が嬉しかったのか、ナランチャはさらに自分の能力について話そうとしていた。
しかし――突如、それを遮る声が降ってきた。
「ナランチャ」
ブチャラティにことの顛末を報告していたはずのフーゴが、私たちの会話に割り込んできたのだ。切れ味の鋭いその声色に、私たちは思わず口をつぐんでしまう。
そしてフーゴは、呆れ返ったように、冷めた口調でこう言い放った。
「たとえチームの仲間であっても、そうむやみに自分の能力を話すもんじゃあないですよ」
「す、すみません」
「……なんで君が謝るんですか」
フーゴがナランチャに対して言っているのはわかっていても、反射的に私は謝罪の言葉を連ねていた。
彼の口ぶりに萎縮してしまったのかもしれない。そんな私に、フーゴはさらに呆れたようだった。
だけど、これは仕方ないだろうと思う。彼の、あのキレ方を見たばかりなのだ。あのときの彼は、尋常じゃないくらい怖かった。あれを初めて見て、平然としてろと言われる方が無茶だ。
「……ちぇっ。年下のくせに命令すんなよなァー」
「別に、命令しているつもりはありませんが」
だがそんな私とは対照的に、ナランチャはふてくされるだけだった。
それにブチャラティは、私たちのやりとりを見ていても、特に何も言わずに難しそうな顔をしているだけだった。
「それにしてもナマエ、なんでフーゴに対してそんなに腰が引けてんだ?」
「だ、だって」
ナランチャに言われて、私は理由を口に出そうとする。だけど結局、何も言えずに飲み込んでしまった。また彼を怒らせてしまうのではないか、と身構えてしまったから。
私は、フーゴがあんなに怒ったのを初めて見たのだ。それに、フーゴのあのキレ方を見ながらも、普通に接することができているブチャラティとナランチャの方が、むしろすごいと思う。
「あー、もしかして、フーゴのあのキレ方を見たの、ナマエは初めてだったっけ? ここ最近も、結構キレてたと思ってたんだけどなァ――」
ナランチャのこの口ぶりだと、私が見ていないところでは彼はよく怒っていたのだろう。
そもそも、単に私がフーゴと共に行動することは少ないから、見ていなかっただけなのだろうか? 冷静な人だと思っていたが、思ったよりも短気な人なのだろうか。
だが、この会話を聞いていたところで、フーゴが別に怒っている様子には見えなかった。
彼の怒りの沸点は、結局のところ、いまいちよくわからなかった。
「ったく、大丈夫だって。フーゴが君にキレても、オレがなんとか止めてやるからさァー」
未だ緊張の解けてない私に、ナランチャはどこか呑気に言う。
「えっと、ありがとう」
そんな彼の言葉に、素直に礼を言うべきかどうか迷ってしまったが、結局、ひとまず礼を言うことにした。
もしフーゴが今後私に怒るとして、私では対処できないかもしれない。それを助けてくれると言うのなら、正直ありがたかった。
そもそも、怒らせないようにするのが一番なんだろうけど。
「あの、珍獣みたいに言うのはやめてくれませんか」
「フーゴが危ねーのは事実じゃね―か」
今度からフーゴと話すときは気をつけた方が良いかも、と思っていたけれど、これなら大丈夫だろうか。
二人の会話を聞いていると、なんだかおかしくなってしまって、少し笑ってしまった。それに釣られたのか、ナランチャもけらけら笑う。
フーゴは腑に落ちないような顔をしていたが、やがて諦めたように息を吐いた。
私たちがこんなことを話している中――ブチャラティは、首を傾げながら紙に何かメモを書いていた。
どうやら、現状においての考えをまとめていたようだ。それに気がついた私は、一気に現実に引き戻された。
「失礼しました、そろそろ続きを報告しますね」
「……ああ、頼む」
フーゴも同じだったようで、報告の途中だった彼は、慌ててブチャラティに向き合った。ブチャラティは少し時間を使って考えをまとめていたせいか、待たされた、という感じでもなかったが。
そしてフーゴは、改めてあの時についての報告を仕切り直した。
「ええっと、ナマエに攻撃を仕掛けたあの男についてですが。あの男が勝手に喋っていた分、ある程度の情報は得られました。随分と口の軽いヤツでしたよ」
そしてここからは、私もフーゴの話にしっかりと耳を傾けることにした。この辺りからは、私が意識を失っているときに彼が得た情報もあるはずだ。
「ヤツらが組織間の取引を妨害した理由はやはり、その取引の内容にジュリオの死が関わっていると考えたからだそうです。実際、取引の内容に、あくまで下っ端であったジュリオ程度の存在が関わっているとは思えませんが」
そこでフーゴは息を吐く。そして、続きの言葉を淡々と放った。
「理由は不明ですが、ヤツらはチームリーダーであるジュリオのことを崇拝していました。ジュリオが簡単に死ぬはずないと思っていたみたいですね。強大であるボスと同等と思っていた――だから、ジュリオほどの者の死には、ボスの息がかかっていると考えた。取引内容を知れば、ジュリオの死の真相が判明すると、そう思い込んでいたようです」
ジュリオチームのヤツらは、周りのギャングから下っ端だと思われていた自覚はなかったのだろうか。
なかったのだろう。だからこそ、ジュリオのことを、組織のボスと同等なほど、強大であると思い込んだ。
「まったくのマヌケ集団ですね。だからこそ迷惑で、だからこそ恐ろしいとも言えます」
フーゴは息を吐いて、一度下を向く。そしてそこで、顔を上げて――急に、私の目を見つめてきた。
「……ナマエ」
「え、あ、はい」
突然呼びかけられて、私は驚きつつも返事をする。そんなとぼけたような態度を取った私に、フーゴはあくまで真剣に警告した。
「気をつけたほうがいい。彼らは『組織』に追われているにも関わらず、この国を抜け出した存在だ。君の家族も、ぼくらも、既に危険な状態にあるのかもしれない」
重みを帯びた、彼のその言葉に――私は、あの男が言っていた言葉を思い出した。
『神殺しは、家族も死罪だ。そして、その仲間も』
神殺し。あの男は確かに、私に向かってそう言った。男は、ジュリオのことを神のように崇拝していた。
同時に、チームの最後のひとりも含めた彼らは、ジュリオ殺しがこの私であることを確信していた。たとえ、私がそれを思い出せなかったとしても。
そして、ジュリオチームの最後のひとりは、私の家族を始末するために、日本にいるとも言っていた。あの男は、私の仲間――つまり、ナランチャとブチャラティとフーゴ――を始末するためにイタリアに残っていたようだが。
つまり――おそらく、私が記憶を失った原因であるジュリオという男の死によって、この私自身がジュリオ殺しの犯人であると見なされている。そして、その復讐によって私自身も、チームの皆も、私の記憶にはない私の家族も、危険に晒されているということになる。
私は歯噛みした。自分が原因で仲間の命が危険に晒されていることが、悔しかった。
フーゴからの報告が終わると、辺りに少しの間、沈黙が訪れた。私もナランチャも、フーゴの報告について、付け加える要素は特に見当たらなかった。
ブチャラティは、自分の書いたメモを眺めながらも、これからどうすべきか考えているようだった。その沈黙の間に、私も考える。
これから私たちは、私は、いったいどうすれば――
やがて、少しの沈黙が過ぎ去った後のこと。
ブチャラティは、おもむろに立ち上がった。そしてその瞳がまっすぐ見つめるのは、私の目。
彼は私を見つめながら、とても静かに、何かを宣告するかのように――このように告げるのであった。
「ナマエ。日本に行ってくれないか?」