15.ギャングニ日目 午前

 ※そこはかとなく4部成分あり

「ナマエ」
 次の日。ナランチャと一緒に例のレストランへ向かうと、ブチャラティに話しかけられた。ナランチャは少し向こうに行ってろ、とブチャラティが言ったので、彼はちょっと怪訝そうな顔をしたが素直に、少し離れた場所にいたフーゴの近くへと座った。
「なんですか?」
 私が返事をすると、ブチャラティは書類を差し出した。何これ、と眉根に力が入る。しかしその直後に、私の目が見開いたのを感じた。
「……情報分析チームに頼んで、君のことを少し調べてさせてもらった。君がとっていたホテルを探すのは容易だったようだ。イタリアでホテルをとって、そこから行方不明になっている日本人の女なんて、限られているからな―――そこから、君の荷物が発見された」
「…………」
 書類に掲載されてある情報をくまなく眺める。私の顔写真。私の名前。自分でも覚えていなかったような血液型や誕生日などの情報まで、どこまでも洗いざらい書いてある。だが、どの情報を見ても、『これが私?』と、なんだかしっくりこなかった。私自身が知らないことまで他人に調べられるなんて、なんだか気分が悪い。
 そして、写真に写っている荷物。見たところでは、衣類や洗面用具など、日常に必要なものや、パスポートなどの旅行に大事なものが写っている。
「そして、君がどこから来たのかもわかった」
 私が資料の二ページ目をめくったところで、丁度ブチャラティがそう言った。書類にはこう記してあった。

『ナマエ・ミョウジ十七歳 一九九九年八月二日、日本M県S市にあるS空港発、八月三日ネアポリス空港着』

「日本……M県、S市……」
 知らないはずの土地の名前だった。だけど何故だか、ひどく聞き覚えのある名前だった。
「これ以上詳しく調べるには追加料金と時間がかかるようなので、とりあえずはこの辺にしてもらった。だが、今の君にとってはこれでも充分だろう」
「あ、ありがとうございます!」
 私は慌ててブチャラティに頭を下げた。そして資料を鞄の中へしまう。だが、彼がどうしてここまでしてくれるのか? と考え、少し変な顔をしてしまっていたらしい。私は、ブチャラティたちの記憶を勝手に消してしまったのに、と罪悪感が湧き上がる。そんな私の顔を見て、ブチャラティはまるで心を読んだかのように返答した。
「……本当は、君を元の国に返してやりたかったんだが。本来はそのまま、君を家に帰すべきだったかもしれない。だけど、一度『組織』に入ってしまったから、そうもいかなくなった。ひとまずは君の情報だけ調べてみることにしたんだ。君がどうするかはその後で考えればいい。ナマエ、それでいいか?」
「あ、ありがとうございます……」
 私は考えた。―――ブチャラティは、優しい人だ。だからきっと、身寄りのない私を、家に帰してやりたいのだろう。ブチャラティは本当は、私にギャング稼業なんてやらせたくないのだろう。
 日本、M県S市。きっと私の故郷はそこか、もしくはその近くにある。いつか、生活が落ち着いたら、借りを返せたら―――そこに向かってみて、私を知っている人を探してみるのがいいかもしれない。そこで、私の正体がわかるかもしれない。
「ところで、私の……私の? ……私の、荷物は一体どうなっているんですか?」
「ああ、そのことだが―――」

 ブチャラティの言った言葉に、頭を抱えた。私が泊まっていた(らしい)ホテルは、どうやらギャングの縄張りの一部だったらしい。荷物は保管しているが、ホテル側としては、日本人の女が行方不明になって、部屋の代金も払わずにいることに困っていたようだ。

「トラブルを避けるために、その金はもう払っておいた。だがナマエ。その分、暫くはただ働き同然で働くことを覚悟するんだな」
「……覚悟しておきます」

 冷や汗をかきながら返事をした。ナランチャに借りを返せる日は遠そうである。頭が痛くなってきた。―――この調子では、日本に行って自分探しなんてしてる暇なんて、暫くは来ないだろう。

「あと、ナマエ。一応聞いておくが、この男に見覚えはないか?」
 ブチャラティが私に写真を見せてきた。そこに写っている男の目と、鼻と、口を凝視する。
「……どこかで見たことあるような気もしますけど……知らないですね」
「そうか、知らないならいいんだ……すまなかった」
 そしてブチャラティはその写真を戻した。何だったんだろう? ともう一度男の写真を思い返したところで―――ドッ、と冷や汗をかいた。そうだ、あれは―――私が殺したかもしれない男だ。顔はあまり見ていなかったから、さっきは咄嗟にわからなかったのだ。男の暗い髪の毛が目に焼き付いてしまったが、慌てて頭を降る。ちら、とブチャラティの方を伺うと、彼は写真を眺めているだけで私の挙動不審な様子には気づいていなかった。わかりやすい反応をしてしまうのはよくない。冷静にならなければ―――バレたら、終わりだ。そっと深呼吸をして、呼吸を整え、気持ちを落ち着かせる。―――うん、大丈夫。

 ところで、肝心の荷物はどこに取りに行けばいいんだろう? 私がその疑問を彼に聞こうとしたら、ブチャラティはフーゴとナランチャを呼んでしまっていた。彼らの方を見ると、ナランチャはフーゴに勉強を教わっているように見える。……これは…………小学二年、さんすう?
「人数が増えたことで、任される警備場所が増えた。ということで、今日はナランチャとオレが東のレストラン、フーゴとナマエが南のホテルを警護する。フーゴ、ナマエに仕事を教えてやれ。そしてナマエは帰りに荷物を取りに行くといい。そこのホテルに荷物が保管してある」
 ナランチャが使っていたテキストから目を背け、え、とフーゴの方をちらりと見る。彼は表情を変えずに、私の方を凝視していた。今まで話したことがないので、どういった人なのかわからなくて、少し不安が沸き起こる。
「え〜〜〜ッ? 四人で警護するんじゃあないんですかァ―――?」
 ナランチャが少し不満げな声を漏らすが、ブチャラティにばっさり斬られた。
「今日は、警護にも特に人数が要る訳ではない。ただ、二つの場所への警護が必要なだけだ。……フーゴ、頼んだぞ」
「……ええ、わかっていますよ、ブチャラティ」
 フーゴの声は軽いが、顔は相変わらず無表情のままだった。彼が何を考えているかわからず、私は少し憂鬱になる。―――今日一日、私は彼とやっていけるのだろうか?


「フ、フーゴ……さん。よろしく、お願いします」
「…………『さん』は要りませんよ」
「わ、わかりました……」
 フーゴは、『こちらこそよろしく』とは言わなかった。そこで、直感的に理解した―――この人は、私を信用する気がない。
 何か話しかけようとしたが、何も話しかけることができなかった。話す内容も思いつかなかった。
 当然と言うべきか、フーゴは私に何も話しかけない。私はただ、彼がタクシーに乗り込むのに着いて、隣に座る以外何もできなかった。

 どうやら目当てのホテルに着いたようなので、私たちはタクシーを降りる。これでやっと、業務的とはいえ会話をできると安堵した。タクシーの中の空間は、とても息苦しかったのである。
「ええと、何をすればいいんですか? フーゴ」
「……基本的には怪しいヤツらが来ないか、見るだけですよ。怪しいヤツが出てきたら、倒せばいい。アンタもスタンド使いなんだろ」
 そしてフーゴは入口付近に移動したが、私の返事を待たずにそのまま黙ってしまった。だけど、さっきよりはマシだ。何故なら、私は彼と少し距離を置いて立ったから。
「怪しいヤツ、って……」
 しかし、ホテルにそんな人、来るのだろうか? 疑問に思ったが、案の定特に変な輩は見当たらない。敢えて言うならば、私の目の前に、かなり露出的な服を着た男が一人―――
「…………何」
「な、なんでもありません……」
 フーゴに怪訝そうな瞳を向けられたので、目を逸らして誤魔化した。
 暫くの間、『怪しいヤツ』なんて誰も来なかった。それどころか、人すら寄り付かない。
 ぼんやりと無言で立っているのも飽き、疲れてきた。フー、とため息を一つつくと、唐突にフーゴから話しかけられてしまった。一瞬態度の悪さを叱られるかと思ったが、そうではないらしい。しかし、その瞳は冷たかった。

「ナマエ・ミョウジ……。君、何か隠していますよね。『記憶喪失』だなんて言葉で誤魔化せないほどの、大事なことを」

 態度の悪さを叱られただけなら、どんなに良かっただろう。
 私は、パンナコッタ・フーゴに疑われていた。彼は、私が隠し事をしていることを、疑っている。私が彼らの記憶を奪ったことがバレてしまったら―――私が『ジュリオ』を殺した、と思われてしまうだろう。それは避けなければいけなかった。
 しかし、どうやら私は演技が下手なようで―――汗が湧き出て、止まらなかった。
 それは勿論、気温が高くて暑がっている、という訳ではなかった。

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