10.ガラクタ

「え〜〜〜と、君、名前はなんだったっけ」
「……ナマエ・ミョウジです」
 あれから一週間後。私は入団試験を受けるため、幹部の『ポルポ』に会いに来ていた。
「え〜〜と、そうだったそうだった。ブチャラティの部下の確か……ナランチャ・ギルガだったか……から、聞いてるよ……ナマエ・ミョウジ」
「はあ……」
 私、なんでこんなところでこんな巨漢に会っているんだ? ピザを頬張る巨漢を見ながらつい首を傾げてしまったが、答えは単純である。私が「ナランチャと働く」と答えたからだ。
 ―――ナランチャたちがギャングだなんて知らなかったなあ……。もっと、慎重に行くべきだったか。
 ほんの少し後悔するも、時間は戻らない。それに、後悔の念より、安堵の気持ちの方が多いのだ。……これでやっと、お金には困らない。衣食住にも困らない。何かを盗む必要もないのだ。成功すればの話だけど。
 合格したところで、下手したら盗みより悪いことをしなければならないかもしれないのに、私は呑気にそう考えていたのだった。

「一週間後?」
 そうだ、とナランチャは言った。
「どうやら、幹部のポルポが、ここ一週間忙しいらしい。何をしてるかなんて知らねーけど。それに、君だって昨日入院したばっかりだ。今日いきなり、ギャングの面接試験を受けるなんて辛いだろうとも思ったからな」
 一瞬の沈黙。
「……ギャング?」
 思考が止まって、なんて考えれば良いのかよくわからなくなってしまった。あれか、イタリア版のヤのつくお仕事って感じか。……え、なんで、私が? ……何故?
「え、私が? ギャング? ……と、言うことは、ナランチャもギャング?」
 ナランチャは最初、何を今更、といった顔で私を見ていたが、サッと顔色が変わった。
「……え、もしかして、気づいてなかったのか? 知らなかったのか!?」
「……確かに、なんにも知らなかったね……」
 馬鹿なことをした。しくじった。
 普通、同年代の男の子が働いているなんて、あまりないことだろう(バイトとかならともかく)。そして、私はなんの警戒もせず、仕事の内容も確認せず、飢えから逃れるために、話に飛び付いてしまった。
 さらに言うならば、ナランチャもミスしていた。自分がブチャラティに初めて会ったときはギャングだと言うことを勘づいていたので、私もそうだと思っていたらしい。私が、記憶喪失の、日本人の少女であることは考慮していなかったみたいだ。
「ど、どうする、ナマエ。やめにするか? いや、でももうポルポに話は通しちまったし……」
「……」
 慌てるナランチャの前で少し考えた後、ようやく口を開いた。
「いや、いい。受けるよ。どっちにしろ、ギャングになるのをやめたところで、私に輝かしい未来なんてないんだから」

 そうして、退院してすぐ、ナランチャに付いて幹部のポルポに会いに行ったのだった。刑務所に居座っている、巨漢。巨漢としか言いようがないほど、男は太っていた。じっとしていたらベッドに見えるくらい。
「いいか、ナマエ・ミョウジ。人を雇うときに何が一番大切か? それは『信頼』だよ……ギャングにはそれが必要だ」
「はあ……」
 ポルポがいろいろ言っているが、正直私の心には何も響かない。言っていることは正しいのだろうが、なんだかこの人(というかそれを超えた何か)が言うと、胡散臭くてたまらないのだ。君は何ができる? と言われたので、適当に日本語とイタリア語を使いこなせますと言っておいた。ちなみに、英語は話せない。
「いいかい、今から君の『信頼』を試す。決して『組織』には背かない、ということを試すためのな」
 信頼を試す……とポルポは言う。ナランチャによると、試験の内容は毎回気分によって違うらしい。だが、ロクな試験ではないだろう。
 私の予想は当たっているとも言えたし、外れているとも言えた。巨漢はこう言った。
「簡単なことさ。君は、二十四時間これを持っていればいいだけさ。簡単だろう? ブフゥ〜〜」
 奇妙な声とともに渡されたのは、どう見てもガラクタにしか見えない、――一目見ただけで偽物だとわかる――オモチャの銃であった。

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