■巡り合った先の人
『初期条件設定』
『乗員:10人』『グノーシア:3体』
『エンジニア・ドクター・AC主義者:いる』
『守護天使・留守番・バグ:いない』
『あなたの役割は『乗員』になりました。』
「ナマエ、少しいいか?」
ループの始点――グノーシア排除のための話し合いの前、人を集めている途中に、セツに声をかけられた。薄々セツの要件を察していた私は、思わず苦笑いをする。
「その……沙明のこと、だよね?」
そう。沙明。セツがたまに、宇宙空間に放り出してしまうくらいには苦手な人だ。
彼の名を出すと、セツは小さくため息をついた。
「この間もつい……やっちゃってね。彼の特記事項を全然解放できていないのに……このままではいけないと思って。ナマエに付いてきてくれないかと思ってね」
私が初めて沙明と出会ったときと同じだ。少し昔のことを思い出しながら、小さく頷いた。
「いいよ。私も沙明のことは、知りたいと思ってたから」
そう言いながら私は、銀の鍵に記された沙明の情報のことを思い出す。
私たちがループを抜けるためには、乗員たちの情報を集めなければならない。それなのに――
軽薄な口調、だが慎重で目立つことを嫌う。
私は沙明に関して、これくらいのことしか知らない。
「よぉセツ。そろそろ来ると思ってたぜ?」
娯楽室――脚を組みながらソファに座り込んでいる沙明に、セツは凄みを効かせながら言った。
「分かっていたのなら話が早いな。LeViのアナウンスを聞いていただろう。この船の中にグノーシア反応が検出された――話し合いに来てもらおうか」
「アーハァ、んなカリカリすんなって。それより先に、ココに熱いベーゼでも頼むわ」
「……沙明、何度も言っただろう。私は汎だ、そのような扱いをするな」
けらけら笑う沙明のことを、鋭く睨みつけるセツ。
相変わらずこの二人は相性が悪い。最初に私が沙明に会ったときも、こんな会話をしていた気がする。あれは、何十ループ前の話だったっけ。
しばらく様子見で二人の会話を眺めていたが、どうも平行線で、なかなか話が進まない。今のところ、私の目があるからかセツは沙明を殺そうとはしていないが、沙明も話し合いに来ようとしない。
そのとき、ふと思いついた。これはもしかしたら、チャンスなのかもしれない。……沙明のことを、知るための。
「ねえ、セツ。沙明は私が説得しておくからさ……今日は、私たち抜きで話し合いを始めていてくれない? 明日には、沙明を引っ張ってでも連れてくるからさ」
私がそう言うと、セツは目を丸くした。そんなセツに私は、沙明には聞こえないように、そっと耳打ちする。
「私に、考えがあるの」
私の言葉を聞いて、セツはどう思ったのか。だが何かを察したのか、やがてセツは頷いた。
「……そうか。ならば皆にもそう伝えておこう。来れるようなら、今日の議論の途中からでも参加してくれ」
そしてセツは去った。娯楽室には、私と沙明だけが残されていた。
「あー、助かったわナマエ。話し合いになんて出たくねェからな。話し合いで目立って、グノーシアに消されるなんてゴメンだぜ」
「……言っておくけど。今日はいいけど……明日には来てもらうからね。絶対」
「んなお堅い顔すんなって。せっかくサボタージュできたんだ、お楽しみしなきゃソンってやつだぜ?」
ぺらぺらと軽薄な口調。だが沙明が何を考えているのか、どうしても分からない。
微妙な心境になりながら沙明の様子を窺っていると、彼は急にこんなことを切り出してきた。
「んで? ナマエ、この俺と二人きりになりたいってことは、つまりそういうことだよな?」
「……どういうこと?」
嫌な予感がして思わず顔を顰めていると、沙明はニヤリと笑った。
「どういうことって、そりゃナニするに決まってるっつーの。俺にはお見通しだぜ?」
「何にもお見通してないよ」
いつも通りの彼の言葉に、ため息をつく。ある意味予想通りだ。沙明のことを何か知れるのではないかと、二人で話し合いをサボっているわけだが……無駄足だったかも。
とはいえ……直球すぎるくらい開けっぴろげに誰彼構わず口説いてくるような彼だって、今まで無理やり手を出してこようとしたことはなかったので、そこの心配はしていない。その口ぶりは度が過ぎてるきらいは確かにあるので、思わず宇宙空間に彼を放り投げてしまいたくなる気持ち自体は分かるけど。
「あ? ナニしねーってんなら何しに来たんだよ。俺のことが欲しいんだろ?」
「……まあ、ある意味ではそうかもしれないけど」
首を傾げる沙明。半分諦観混じりに、私は頷いた。
彼はいつもオープンにしているようで、その実いつも煙に巻かれているような気がする。そんなことを思いながら。
「ヒュウッ! リアリィ? なら俺はいつでもウェルカムだぜ?」
「別に、沙明の身体が欲しいわけじゃないよ」
本当だ。そこのところは誤解しないでほしい。私にとって重要なものは、別にある。
「心だよ。沙明の」
私がその言葉を言った途端、彼の軽薄な笑みが一瞬だけ、固まった。
以前のループで、こんなことがあった。
私と沙明、そしてもう一人が最終日に残ったことがあった。私は沙明ではなくもう一人がグノーシアだと思ったので、沙明と二人でその人に投票して、彼と二人きりで生き残った。
そして沙明は言ったのだ。俺がグノーシアだと。お前が最後の一人だ、と。
正直、「終わった」と思った。グノーシアは理性のタガが外れやすくなる。グノーシアのSQに首輪をつけられて飼われそうになったこともあるし、ステラには紅茶に毒か何かを盛られそうになったこともあるし、豹変したレムナンに深宇宙まで連れて行かれそうになったこともある。ならば、いつも性にオープンな沙明がグノーシアだったとき、酷いことをされてしまうのではないか――と。そのときの私は怯えていた。
事が起きる前に早くループしてくれないかな――内心そう祈っていた私に、グノーシアだった沙明は言ったのだ。
『これでお前まで消しちまったらさ。また俺、一人っきりになっちまうんだよな……』
拍子抜けだった。いつも開けっぴろげな沙明が、どこか辛そうな顔をしてそんなことを言うのだ。
そして――私は、葛藤しているような表情の沙明にそっと触れられ、そのまま消された。私の身体に手を出されることは、結局無かった。
あれ以来、私はなんとなく沙明のことが気になっている。それなのに――彼は今までのループでも、全然自分のことを話してくれそうになかった。オープンにしているようで、手応えが全くといいほどないのだ。
「ハッ、俺の心が欲しいってか。ならくれてやるぜ? なあ、俺のアモーレ、ってよ」
沙明は茶化すような言葉を並べる。だが私は、そっと首を振った。
「そういうわけじゃないよ。私はね、沙明のことを知りたいの。例えば……昔のこと、とか」
今度こそ、彼は真顔になった。少し珍しい表情だなと、ただそう思った。
「……ナマエお前さ、他人に距離詰めすぎて嫌われるタイプじゃねえ?」
そして。沙明は真顔のまま言う。やっぱり今回も、簡単には話してくれそうにない。
「沙明にだけは言われたくないかな」
そして心外である。沙明以外にここまでグイグイ行ったことはない。沙明があまりにも心を開いてくれないのが悪いのだ。身体的にはむしろ向こうから口説いてくるくせに。なんて厄介な男だろう。
――私がここまで必死になるのは、ループを抜け出したいから情報を得たいという気持ちも、もちろんある。
だけど。それとは別に、私はこう思ってるのだ。
沙明のことを知りたい。
どうしてそう思うのかは、まだ分からないけど。
「ほーん。で? 俺のことを知りたいってんなら、何か理由があるんだろ?」
沙明はやや複雑そうな表情を見せていたが、一応話を続けるつもりはあるらしい。
しかし、困った。素直にループのことを話すわけにもいかない。
だから私は嘘をつく。
「んー。一目惚れ?」
――嘘どころか、大嘘だったけど。
むしろ、第一印象は最悪だった。私がこの船の中で最も信頼しているセツに対して、あの子が嫌がるようなことを言う時点で、最初は大嫌いだった。
とはいえ、そんなことを馬鹿正直に言うわけにもいかない。この宇宙では、沙明と私はグノーシア騒動が起きるまでこれといった接点はないはずだ。だから、彼に興味を持つ理由付けとして、一目惚れくらいしか思いつかなかった。
……まあ、沙明は直感が鈍い方だし、適当な嘘をついても見抜かれることはないだろう。沙明に、しげみちの歯が白く光ったと何回嘘をつかれたと思っている。むしろループの中で演技力を磨いてきたのは、私の方だ。
しかし――どうも、手応えはなかった。
「一目惚れならなおさら俺の昔話なんてどうでもいいんじゃないですかねぇ? んな回りくどいことしなくたって、いつでもベッドには付き合いますよ?」
何回こうやって、軽薄な笑みにうやむやにされてきただろう。ここは――少し、情報を出してみるべきか。
「うーん……」
あれだけループしても、沙明の情報はなかなか得られてないのが難しいところだ。そう思いながら、私はもう少し、彼の心に踏み込むようなことを言ってみた。
「一人きりになることを怖がっている人が、何を考えているのか知りたいって。そう思うのは、変なことかな?」
虚を突かれたような顔をして、沙明は黙り込んだ。ループのことは隠したとはいえ、かなり踏み込んだが――これが吉と出るか、凶と出るか。それは分からない。
黙り込んだ彼を見ながら、私は畳み掛ける。今日はこれ以上、情報を引き出せそうにもなかったから。
「沙明。私ね、グノーシアだよ」
嘘だ。だが必要な方便だったと思う。沙明を明日の話し合いに連れてくるための。……彼の本音を、引き出すための。
「消されたくなかったら……議論に参加して、私をコールドスリープさせたほうがいいんじゃないかな?」
娯楽室から出て、沙明の表情を思い返す。
いつも私は、彼のペースに乗せられている気がしたが……今日は、少しは私の思うように話を進められただろうか。生き残るために、情報を得るために。話運びの方法を学んでいかないと。
そして、私が知りたいことを知るために。
「ああナマエ。どうだった?」
廊下を歩いていると、セツとばったり会った。どうやら、話し合いはいつも通り、誰か一人がコールドスリープされて終わったらしい。
「うん。明日には、話し合いに来てくれると思う。……『銀の鍵』に情報が刻まれる様子は、今のところないけど」
「そうか……」
セツは何か考え込むように俯いた。そんなセツに、なんだか申し訳なくなりながら私は謝る。
「それよりセツ、ごめんね。二人も話し合いから抜け出しちゃったし、みんなへの説明もセツにやらせちゃって……」
「いや、ナマエが謝ることじゃないよ。沙明のことも説得してくれたんだしね。彼がこのループの話し合いに参加することが……何か、良い方向に向かえばいいんだけど」
「そうだね。……私も、生き残らなきゃな」
セツと話しながらも、私は沙明のことを考えていた。
このループで、少しでも彼のことを知れればいい。それは――私が彼のことを知りたいと、そう思っているからなのだろうか。
→後編