■お祭り

※少し暗め

 なんだかうるさいな、と思ったら近所でお祭りをやっているらしい。
 ―――そういえば今日だったっけ。すっかり忘れていた。
 普段なら一人でお祭りなんて行かないけれど、たまには良いかな、と衝動的に家を飛びだした。もしかしたら一人で夜に外へ出て、感傷的になりたかっただけかもしれないけど。


 ガヤガヤ、ワヤワヤ、お祭りは騒がしい。ここ数年、あまりお祭りに行ったりしていなかったことに今気がついた。この騒がしさに、どこか懐かしさを感じる。屋台で売っている美味しそうな食べ物、出し物にはしゃぐ子供たち、楽しそうな親子、そして幸せそうなカップル。夜になって幾分か涼しくなったとはいえ、人の多さも相まって、暑い。
 普段の私なら、こんなところに一人でいるなんて、いたたまれなくなってすぐ帰ってしまうかもしれない。けれど、何故だかそんな気は起きなかった。むしろ、折角だから何か買おう、と屋台を適当に見て回る。
 焼き鳥、フランクフルト。焼きそばに、豚串。トロピカルジュースに、わたあめ。たくさんの食べ物が私の視覚と嗅覚を刺激して、つい全て食べてしまいたくなる。
 そんな中、ふ、とあるお店の前で立ち止まった。
 何の変哲もない、ただのかき氷屋である。強いて言うならば、味の量が異常に多い。普通、イチゴ、メロン、レモン、ブルーハワイ……くらいだろうが、それに加え、みぞれ、グレープ、ラムネ、コーラ、パイン……など、ざっと見た限り三十種類はあるように見える。ドリアン味なんて、誰が食べるんだ?

 ―――こんなにたくさん種類あった所で、買う人が増えるわけでもないだろうに。確かかき氷のシロップって、味の成分は全部同じで、香りだけ違うんでしょ?

 私は一瞬、そう考えた。しかし、そこの中にあったある味を見つけ、私は、衝動的にそれを買うことになる。


 ぼー、っと少しだけ静かな所に座って、遠い場所から山車を眺めていた。沢山の人たちが今年流行った曲を踊ったり、よさこいを踊ったりしている。私はそれを遠くから見ながらかき氷を食べ、どうしても感傷に浸ってしまうのだ。
 買ったかき氷の味は、チェリー味。あの旅で死んでしまった、彼が好きだった果物の、味。甘酸っぱい香りが口に広がる。

「……苗字じゃねえか」

 一人でぼんやりしていると唐突に自分の名を呼ばれ、思わずビクリとした。
「……承太郎」
 こんな場所でも何故か学ランと学帽を身につけた承太郎が私を見下ろしていた。―――そういえばあの旅以来、全く承太郎と会話をしていなかった気がする。花京院は死んだ。アヴドゥルさんも死んだ。イギーも死んだ。ポルナレフはフランスに帰った。ジョースターさんはアメリカに帰った。……一緒にあの旅に行った中で、承太郎が一番会う機会を設けやすいはずなのに、時々学校ですれ違う以外、特に何があるわけでもなかった。まあ学校では、「JOJO」とうるさい女の子たちが沢山いるから話しかけるのも怖いのだけれど。
「承太郎、こんなところで会うとは思ってなかったよ」
「……」
 ザクザク、かき氷をかき混ぜながら私は言う。ふと空を見ると、ヘリウムガスが入っているであろう風船が三つ飛んび、空に消えていった。赤と黒と緑の風船だ。一瞬だけ彼らと重ね合わせてしまい、顔を顰める。
「ホリィさん、元気にしてる?」
「……ああ。アマは元気すぎるほど元気だ。苗字とは違ってな」
 承太郎が突然こんなことを言い出すので、ビックリしてしまう。心配されているのだろうか?
「やだ、私、そんなに元気ないように見えた? 別に普段通りなんだけど」
「普段通りなら、一人でこんな所で泣いたりはしないと思うぜ」
 え? と私が顔に手を持ってくると、右頬が涙に濡れていた。何故だか気づかなかったのだけれど、無意識のうちに泣いてしまっていたらしい。
「……ちょっと感傷に浸りすぎたの、かな……。私ね、色々なことを思い出していたの。あの旅は確かにすごく楽しかった……だけど、辛いことの方が多かった」
「…………」
 ぽつ、ぽつと口から勝手に言葉が漏れ出てしまう。かき氷の味は上手く脳に伝わらないし、周りの喧騒すら頭に入ってこない。
「私ね、人の命が欠落してしまうのは、とても儚いものだなあ、と思うんだ。そして、とっても呆気ないの。今でも思うんだ、彼らが今生きてたらどんな風だったかって、そして死んだのが私の方だったら彼らはそれをどのように受け止めたかって……」
 声が段々震えてくる。何らかの義務感に襲われ、かき氷だけは口に運びながら。チェリーの味はほとんどしない。熱さと正反対の冷たさだけが脳に運ばれ、氷はまるでザラザラした砂のように感ぜられる……。
 そんな私の隣に、承太郎は何を言うわけでもなく、ただ隣に座った。私は声が出せなくなり、沈黙が場を支配する。

「俺じゃ、ダメなのか」

 承太郎が唐突に言った。
 まさか、承太郎から、こんな昼ドラに出てきそうなセリフを聞くとは思わなくて、思わず吹き出してしまう。だけど、承太郎は至って真面目な顔だ。精悍な瞳に貫かれ、思わず対処に困ってしまう。
「……めったに会うことはないかもしれねえが……ジジイは生きている。それにポルナレフもだ。……あいつらのことを、花京院たちのことを忘れろとは言わねえ。俺だって忘れることはねえ。けどな。そんなに思い詰めてたら、体に毒だぜ」
 そこで、ようやく承太郎が言わんとしていることに気がついた。別に昼ドラ展開みたいな意図で発せられた言葉ではなく、どうやら私を慰めようとしてくれていなようだ。承太郎が別に変なことを言った訳では無いという安堵と、心配してくれたことの嬉しさ。そして誤解してしまったことの恥ずかしさに同時に襲われる。私は感情を抑え込めて、どうにかこう呟いた。
「別に、思い詰めてたわけではないんだけどな。ぼーっとしてると、ふとした瞬間に彼らを思い出してしまうだけ。火を見て、緑を見て、砂を見て、」
 そして今日は、チェリー味のかき氷を見て。このような現象から解放される日は、恐らく来ないだろう。
 承太郎はそんな私を見てため息をつき、やがてこう言った。
「やれやれ、面倒な話はあまり好きではないんだがな……。苗字、こんな時は気分転換でもしたらどうだ? 折角だ、何かひとつ、奢ってやる」
 承太郎からそんな言葉が出るなんて。マズいレストランなら食い逃げするような、不良のレッテルを貼られた承太郎から、こんな言葉が出るなんて! 今日はなんだか、承太郎の意外な一面をよく見ている気がする。私はなんだか、すごくすごく嬉しくなってしまったのだった。

「……うん、ありがとう。じゃあ、またかき氷を頼もうかな! 今度は……そうだな、ブルーハワイで!」
「……腹壊すぞ」
 呆れたように言い放つ承太郎に、笑顔でこう言うのだった。
「いいの、それでも!」
 だって私の側に今いるのは、炎でもない。緑でも、砂でもない、青い星だもの。
 チェリー味のかき氷を一気に食べ終えて私は、頭がキーンとする! と笑う。
 そんな風に急に元気をだした私を、承太郎は、やれやれだぜ、といつも通り呆れるのであった。


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