■義妹の憂鬱

※ジョースター家の養子夢主(血の繋がりのない義兄妹恋愛)

 ジョースター邸の、ひとつ屋根の下で。
 ジョジョ、ディオ、そして私。一見私たちは仲良くやっている。ジョースター卿と血の繋がっている実の息子は、ジョジョ――ジョナサン・ジョースターだけだが。養子として引き取られた私も、ディオも、表面的には良き息子、良き娘であった。
 なのに。私はその三兄妹の関係に、どうしても薄ら寒さを感じざるを得なかった。

「ナマエ」
 義兄は私の名を呼ぶ。優しく穏やかなジョースター家の嫡子。なのにその声色に警戒心が滲み出ているのは、きっと私の思い過ごしなんかじゃあない。
「……ナマエ」
 そして、もう一人の義兄も私の名を呼ぶ。表面的には紳士的な優等生。金の髪を持つ、美しい人。その奥底にドス黒いものがあることを確信しているのは、きっと私だけだ。
「ジョジョ、ディオ」
 そして私は義兄たちの名を呼ぶ。できる限り、優しく微笑みながら。その笑みがぎこちないことを真の意味で知っているのは、きっと、ディオなのだけだろう。
 この家の悪は、ディオだけだ。この家を乗っ取ろうとしている、ディオ・ブランドーだけが。


「ナマエ、一緒にティータイムとしないかい?」
「……ええ、喜んで」
 ある日。いつものように、ディオが私の部屋を訪ねてきた。
 ディオはよく私の部屋を訪ねてくる。それを知る周りの人間たちは、とても仲の良い義兄妹だと、そう思っているらしい。
 私たちは一切、そんなつもりはないのだが。――兄妹、だなんて。
「ジョジョも誘おうかと思ったんだがな……どうやら仮面の研究に夢中みたいでね。邪魔をしたら悪いから、そっとしてきたよ」
「そうでしょうね。ジョジョはいつも、研究熱心だもの」
 上っ面の建前を並べ立てて、笑みを浮かべる。そしてディオは、部屋の扉を閉じた。私たちの声が、誰にも聞こえなくなるように。
 ……本当は、ジョジョの忙しそうな時間を、わざと二人きりで会う時間としている。
 私は、この家の唯一の悪に、義兄であるディオに。恋をしている。世間的には許されない恋を。


 ディオはこの家に溶け込んでいる。そして、ぎこちないながら私も。この家にいる侵略者は、異端者は、私たち二人。
 私も、ディオとは違う貧民街で生きてきた。その後、縁あってジョースター卿に養子として引き取られたが、その時既にディオはこの家にいた。私がこの家に来た、一年ほど前の話らしい。
 ディオが、わざとらしいほど穏やかに微笑んで私を出迎えたことを覚えている。
 だが一目で分かった。この人は悪なのだと。それに私がすぐに気が付いたのは、私が悪に囲まれて生き抜いてきたからなのだと。この家の住人とは違い、悪の見分け方を、知っていたからなのだと。
 表向きは親友として、家族として過ごしていたジョジョとディオ。その実彼らのバランスは危うく、お互いがお互いに全く信用していないようだ。
 そして。そこに、私が入った。
 ジョジョは私を歓迎した。だが彼はディオのこともあってか(詳しくは知らないが、彼らは昔、いざこざがあったらしい)、私に心を開き切ることはなかった。
 そして、ディオは。
 私の心を、私の全てを掻っ攫っていった。
 ふたりだけの秘密。法律上の義兄妹は、背徳の恋に溺れていった。
 だがディオは、私のことなど愛していないのだろう。彼は私を自分の手中にしたかっただけだろうと思う。下手をすれば自分の邪魔になりかねない義妹という立場の人間を、思い通りに支配したかっただけだろうと。
 だが、だからこそ、ディオは私に愛を囁く。……今のところ。だから私はそれでいい。私はそんなディオに抱かれることに、女のしての喜びを感じているのだから。


「ナマエ」
 不意に、ディオの声色が低くなった。そうやって彼が私の名を呼ぶ瞬間が、上っ面の仮面を剥がす合図だ。
 キスをする。酸素が足りなくなるまで、角度を変えて何度も何度も。脳が痺れ、何も考えられなくなりそうになる。そしてベッドに雪崩れこんで、抱かれる。
 いつからか、背徳なんてもう感じなくなっていた。私はディオを義兄なんて思っていないし、ディオだって私を義妹なんて思っていないだろう。
 貴族としてのドレスを脱ぎ捨てて、何も考えなくてもいい。美しい男に身を委ねる瞬間が、私は何よりも好きだった。

「おれはな、ナマエ。できるならおまえを殺してやりたいと思っている。この家を乗っ取るのに、邪魔な存在のひとりだからなァ……」
 事が終わったあと、冗談か本心か読みにくい調子でディオは言う。だが、私の首に片手をかけていることを思えば、本心なのだろう。ほんの少し力を込めるだけで、私は死ぬ。それでも私は、まだ生きている。
 ディオが私に心を開いているとは思わない。だけど少なくとも、こうやって本性を見せているのは私だけなのだろう。
 そこにほの暗い悦びを感じる。彼が私を愛していなかったとしても、私は彼に愛されているのだと、そう思うことができるから。


 乱れた服を整えて、同時に私の部屋を出た。『ティータイム』の終わりの、『兄妹』の散歩だ。
「ああ、ディオにナマエ。一緒だったんだね」
 と、そこでジョジョとばったり出くわした。私は澄ました顔で、ジョジョの言葉に応答する。
「あら、ジョジョ。研究は終わったの?」
「そうだね、一段落ついたところだよ」
「あんまり根を詰めすぎるなよ、ジョジョ。君はいつも、熱心すぎるところがあるからな」
「あはは、気をつけるよ」
 ディオも、ジョジョも私も、皆が穏やかに笑う。その笑顔の一枚下には、それぞれ思うところも山ほどあるだろうに。そんな薄っぺらい友情に、表向きの家族愛なんてものに、どんな意味があるというのか。
 私は、少なくとも私だけは。ディオとの繋がりに、価値を見出しているのだけど。

「……君たちは。本当に『仲がいい』な」
 ジョジョがふと、私たちを見て言った。その言葉に含みを感じたのは、気のせいだったのだろうか。
 ディオと私は目を見合わせて、小さく笑った。
「そうとも。ぼくはナマエを『本当の妹のように』可愛がっているし、ナマエもぼくに懐いてくれているからな」
「もう、ディオ。『子供扱い』しないで」
 兄妹が一緒の部屋で過ごすのは普通のことだ。恋人が一緒の部屋で過ごすことも、また普通のことだ。
 そう、普通のこと。子供なんかじゃない私たちの関係が、普通でないだけで。

 ……ジョジョは、何か勘付いているのかいないのか。
 彼はディオのことを疑っている。そして、私のことも。その上で彼は、私たちのことを信じたいと思っているらしい。
 愚かなほどに善に満ちているのだ、この義兄は。呆れるほどの邪悪に満ちているディオとは、本当に正反対だ。
 ……ならば、私は何だ。ディオに心を捧げてしまったこの私も、きっと悪の住人なのだろうと、そう思う。
 悪に、身も心も捧げる。それは、邪神へ贄を捧げる、愚かな人間そのものなのだろう。
 それでいい。ディオと共にいられるのなら、それで。

「私たち、庭の散歩でもしようかと思っていたところなの。ジョジョもどう?」
 断られるだろうと思いながら、ジョジョに申し出てみた。予想通り、ジョジョは苦笑しながら断った。
「……いや、やめておくよ。研究は一段落したけど……まだ、大学の課題が終わっていないんだ」
「ジョジョォ、提出期限は明日とか言っていなかったか? ギリギリに先延ばしにするクセ、やめておいたほうがいいんじゃあないか?」
「うん、気をつけるよ……」
 ディオとジョジョも、まるで仲の良い兄弟のように、親友のように言葉を交わす。だが、二人とも本心から笑っているようには見えない。
 本当に、薄ら寒い三兄妹だ。私たちは。


「ジョジョったら、私たちが『何』をしているのか、知っているんじゃあない?」
「フン……勘付いていたところで、ジョジョはおれたちに何もできないさ。どうせあいつは、決定的な証拠と確信を持つまでは、何をすることもないだろう」
 庭に出ようと、ジョジョと別れた私たちはジョースター邸の扉を開けて外に出た。使用人たちはちょうど、誰もいない。好都合だ。二人きりの逢瀬には。
「それより、外であまり迂闊なことを言うな。ぼくたちは『兄妹』なんだから……そうだろう?」
「……そうね、気をつけるわ」
 薄ら寒い微笑みに、ぎこちない笑みで返す。いつか破綻しかねない兄妹としての恋愛に、吐きそうな思いになりながらも、溺れているのは私の方だから。

 そして。私たちは誰にも見られないよう、庭先の物陰に入ってキスをした。
「ディオ……」
 吐息のような声が漏れる。許されるなら二人ずっとこうしていたいが、私の恋が世間的には許されないことは分かっている。
 ならば、私は誰に許しを請うのか。……それは、ディオだけだ。ディオだけに、私は恋をしているのだから。

「ナマエ。おれはいつでも、おまえを殺せる。あんまり下手をこくなよ……それを忘れるな」
 唇を離したあと、耳元でそう囁いて、彼はそっと、右手を私の首筋に触れさせる。そして、首に爪を立てた。私の命は彼の手中にあるのだと、そう主張するように。私はそれを受け入れるように目を閉じ、そして、もう一度キスをした。


 こんな生活が、いつまで続くのだろう。……いつまでも続くはずがないということは、分かっている。
 私もいつか、ジョースター家から離れることになるのだろう。どこかの貴族に嫁に出されてしまう。そしてジョジョもいつか誰かと結ばれて家督を継ぐだろうし、ディオだって。私以外の高貴な女と結婚してしまうのだろう。
 だが、私が心を通じ合わせることができるのは、きっとディオだけだ。……ディオが、そう思っていなかったとしても。たとえお互いが他の誰かと結ばれる日が来たとしても、私はディオに抱かれたいと、繋がっていたいと。そう思ってしまう。

 ……それとも。ディオが、あの悪であるディオならば。この家を本当に、全て乗っ取ってしまうのかもしれない。ジョジョを、義父を、……そして、私を殺して。
 それならそれで本望だと思ってしまう私は、もうおかしくなってしまっているのだろうか。
 この、薄ら寒い家族関係がいつか壊れて、ディオに殺される日を。
 そんな日が、いつか来ればいい。少なくとも、ディオ以外の人と結婚するなんてことが起きるよりずっといい。


「ディオ、愛してるわ」
 彼は何も言わなかった。ただ、愚かな私の口を塞ぐように、もう一度唇と唇を重ね合わせた。
 この瞬間だけは。唇を触れ合わせた瞬間だけは。私たちは確かに、ただの男と女であった。


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