■彼女が愛と呼んだもの

 同意のない接吻は暴力である。
 ディオだって、それを理解していたからこそ自らの唇を使用したのだ。武器として、あるいは凶器として。
 未婚の女性、しかもレディとしての教育を受けてきた女性相手であれば尚更そうだろう。恋人でもない男に唇を強引に奪われること、それはその女の尊厳を著しく穢す行為であり、侮辱だ。
 ただ、その行為は、本来愛し合う者同士で行われる行為であるということも事実であった。愛し合う者同士での口付けは、暴力から一転、至上の愛情表現になり得るのだ。
「ディオ」
 彼の名を呟いて抱きついてくる少女、ナマエのことを、ディオは心底鬱陶しく思った。

 何だ、この女は。
 確かに、ディオがナマエに今回キスしたことは、数年前にジョナサン・ジョースターとエリナ・ペンドルトンを引き離すために行ったものとは状況が違う。だから、エリナのように明確に拒絶を示すこともないだろうとは思っていたが、しかし、そのまま逃げ出すものではないかと思っていた。
 だというのに、何だこの様は。ナマエはディオに抱きついたまま、離れようとはしない。
 ――愛によるキスだとでも勘違いしたのか? 本当にそうなら笑える話だ。おれは強姦のつもりで、この女に口付けたのに!


 ナマエはちょこまかとうるさい小娘だった。
 身の程を知らずディオに付き纏う、ただの田舎娘。
 自分に好意を抱いているのであろう、とは感づいていた。ディオに好意を抱く女など山ほどいて、害がなければ基本的に放っていた。相手するだけ無駄であった。
 逆に言えば、ディオにとって、ナマエの好意は害であった。
 隙さえあればディオに話しかけ、時間を拘束する。
 ディオは、ジョースター家の財産を自由にできる年齢までは、表向き大人しくしようとしていた。そのため、表立ってナマエのことを邪険にすることもできなかった。
 そんな中でもナマエは、外堀を埋めるかのように、ジョナサンやディオの友人(だとディオが思ったことはないのだが)にも話しかけてきた。ディオと仲がいいのだと、そうアピールするように。
 全く、笑える話だ。ディオはナマエのことを、一貫してただの友人として扱ってきたのに。勘違いにも程がある。何より、自分がこんなちっぽけな女の手中に収まる存在だと思われていることが、ディオは何より許せなかった。


 だからディオは事を起こした。この女を手っ取り早く遠ざけるにはどうしたらいいか。――簡単だ。軽々と他人に吹聴するのもできないようなことをすればいい。そしてそれを、無理矢理にでも口止めしてしまえばいい。ディオは、自分が言葉巧みに操れば、ナマエのことなど容易に動かすことができると思っていた。

「なあナマエ。君、ぼくのこと好きだろう」
 いつものように近付いてきたナマエのことを、それとなく連れて、ディオは彼女に迫った。唐突なことに、ナマエは酷く困惑した表情を見せた。
「えっ? その、急にどうしたの、ディオ」
 返事はしない。そんなものをする価値はない。ただ、この女のプライドを、へし折ってやればいいだけなのだから。
 さらに迫る。ナマエは後ずさる。だが逃さない。壁に追い詰め、そして、ディオは強引に唇を奪った。


 ――おれはおまえのことを対等な人間だと思っていない。思うはずもない。
 段階を踏まず、合意を取らず、脈絡もない。
 そういう暴力としての、キスだった。
 突然口付けられたナマエは、強く目を閉じて、戸惑いながら唇を固く合わせる。そんな些細な抵抗を嘲笑うかのように、ディオは唇をこじ開け、ナマエの口内に侵入した。
 愛など一欠片も存在しない、蹂躙するだけの口付け。舌が口内で暴れ回り、吐息が微かに漏れる。ディオはそれを、冷めた心で感じ取っていた。ナマエがどんな表情をしていようとどうでもよかった。
 やがて、離れる。もう充分だろうと。惚けたような顔をしている女に、男は、小馬鹿にしたように言葉を投げつけた。

「――これでもおまえは、このディオのことを愛しているなどと、馬鹿げたことを言うつもりか?」
 最後の止めを刺したつもりだった。
 淑女のプライドをへし折るだけなら、触れるだけのキスで充分すぎるくらいだ。だがディオはナマエに深い口付けをした。彼女を蹂躙する、ただそれだけの目的のために。
 彼女のプライドは傷付けた。もう二度と自分に近付くことはないだろう。後は口止めすることくらいか。たとえ吹聴されたとして、ナマエよりも自分の方がよほど周囲の信頼を得ている。付き纏われて迷惑していた、とでも言えば、ナマエの言う事なんて誰も信じないだろう。面倒なのはジョナサン・ジョースターくらいか――
 などと考えていたのが悪かったのだろうか。ディオは、ナマエの瞳の色に気付かなかった。熱に浮かされていた、愚かなその瞳に。
「ディオ」
 そして、ナマエはディオに抱きついた。


 口づけというものは、お互いが愛だと認識していなければ、強引に奪われた側からは暴力にしかならない。
 同時に、暴力としてのキスも、お互いが暴力として認識しなければ、暴力として成り立たない。
 二人は悲しいほどすれ違っていた。ディオは暴力だと思っていた接吻を、ナマエは愛だと認識していた。それだけのことだった。
 ――まさか、この女がここまで阿呆だったとはな。
 想定以上に彼女は愚かだった。それは失望といっても良いくらいだった。この女の手中に収まる存在になるのが許せないと、そう思っていたことが馬鹿らしくなるくらいだ。


「ああ、いいだろう。気が変わった」
 ナマエは不思議そうにディオの顔を見上げる。ディオは彼女に対し、わざと穏やかに微笑んでみせた。赤面するナマエを、ディオは内心、酷く冷たい目で見ていた。
 ――気が変わった。この愚かな女の恋愛ごっこに付き合ってやる。
 暴力を暴力として認識できないような哀れな女。もはやこの女には、プライドを傷付けてやる価値すらない。
 ナマエが愛と呼ぶ暴力を、満足するだけ与えてやろう。そして、女として落とすところまで落として、全てを奪って、そして飽きたら捨ててやる。

 ディオはもう一度、暴力を与えてやるつもりでナマエを引き寄せ、そして口付けた。
 少女は嬉しそうに微笑み、それを受け入れる。
 まるで、全てを受け入れたかのように。
 ディオ・ブランドーという男の、全てを。


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