■玄関先の小さな恋

「露伴先生、好きです。私と付き合ってください!」
「帰れ」
 岸辺露伴は勇気を出して告白した私にそう言い捨てて、玄関の扉を閉じた。
「……分かりました、帰ります。でも、明日返事聞かせてくださいね」
 言いたいことはいろいろあったが、帰れと言われたので素直に帰ることにする。告白はちゃんと聞いてもらえたので良しとする。
 どこからか舌打ちが聞こえた気がするが、へこたれてもいられない。明日の返事を待とう。

「君とは付き合えない。じゃあな」
 次の日。露伴先生の家のチャイムを鳴らしたその瞬間に彼が顔を出して、ただこれだけ言って玄関の扉を閉められそうになった。さすがにあんまりだと思ったので、閉じられそうになる扉をなんとか阻止した。
「何でですか? 私のこと、好きじゃないんですか?」
「未成年との淫行は犯罪だ。君、確かまだ十七だっただろう」
 好きとか嫌いとかで答えられたわけではないので、彼は私のことを嫌いではないと認識しておく。この傍若無人な漫画家を好きでいるには、これくらいポジティブに考えないとやっていられない。
「露伴先生だってまだ二十歳じゃないですか。たった三歳差ですよ? というか、淫行する気なんですか?」
 お互いが成人すれば三歳差なんて大した差でもないだろう。そう言って食い下がったか、露伴先生はうんざりした様子で扉を閉めた。
「帰れ。君のことは読者としては尊重するが、苗字名前個人としては嫌いだ」
 ……嫌いって言われてしまった。さすがに少し凹んだので、今日はとりあえず帰ることにした。
 気を取り直そう。明日からはアピール方法を変える。いつか、露伴先生に好きになってもらいたいから。そして、彼と付き合いたいと、本当にそう思っているから。


 そもそも、私が何故こんなことをしているのか。答えは単純で、私が露伴先生のことを好きだからだ。だから学校終わり、彼の家に三日に一回ペースで訪問して、玄関先で短い問答をして、そのまま帰る。毎回門前払いされていると言った方が正しいか。露伴先生が忙しいことはよくわかっているつもりなので、必要以上に食い下がりはしないけど。
 とはいえ、露伴先生はいつもこんな感じだけど、私の話はそれなりに聞いてくれている、はず。こう見えても意外と邪険にはされていない。毎回同じくらいの時間に訪問しているが、居留守されたことはないし、黙って追い払われたことは一度もなく、いつも一言は何か言ってくれる。その一言が聞きたくて彼の家に訪問しているのだが、今回、つい欲が出て告白してしまったわけだ。見事に玉砕したけど。
「うーん……少し、時間を置いてみるかな……」
 帰り道、独り言を言う。三日に一回は会っていた人が急に来なくなったら、何かしら意識してくれる……かも、しれない。そういう願望を込めながら。


 ということで、いつもよりは時間を置いてから、露伴先生に会いに行くことにした。
「ああ、君か。一週間来なかったからもう来ないもんだと思ったよ」
 玄関の扉を開けて登場した露伴先生は、いつも通りに呆れたように私を出迎えた。
「押して駄目なら引いてみよ、ですよ。どうですか、久しぶりに私に会って、何か思うことはありませんか?」
「別に、ぼくは君と会わなくても何も支障はないわけなんだがね」
 相変わらずつれない人だ。そういうところも好きなわけだが、このままだと一向に発展しないじゃないか。これじゃあ、私がひとりで一週間やきもきしただけではないか!

「露伴先生、恋愛のリアリティは求めてないんですか? 先生の漫画には必要ないんですか?」
 今日は即座に追い出されはしなかったので、少々食い下がってみる。露伴先生は考え込むような素振りを見せて、そして答えた。
「……人間関係は面倒臭い。恋愛とやらで漫画を描く時間が減るくらいなら、犬のクソでもスケッチする方がまだマシだね。恋愛に対する『取材』は、必要であれば『ヘブンズ・ドアー』で行う」
「じゃあ、私のことを『読んで』くださいよ。先生への愛が、ダイレクトに伝わりますよ!」
 私は大真面目に言ったのだが、先生はため息をつくだけだった。
「君ねェ……本当に、それでいいのか?」
 そして、彼が存外真剣そうな口ぶりでそう言うので、思わずドキリとしてしまった。
「……よく、ないです」
 良くない。本当に良くない。口が滑った。露伴先生への想いは、私の口から伝えるべきだ。全てを彼に曝け出すのは、冷静に考えたらさすがに恥ずかしい。秘密というものも恋愛のスパイスになる気がする。多分だけど。
 少しの間、沈黙が訪れる。なんだこれ? あ、私が黙ってるからだ。いつも私が喋っているからか、なんだか沈黙が気まずい。露伴先生、私のことを観察するようにじっと見てるし……。
 急に恥ずかしくなってきた。……勘弁してほしい。

「ま、仮にぼくがどーしても自分で恋愛しなきゃあならないとなれば、君は選ばないよ。この前も言ったが、大人が未成年に手を出すのは犯罪だからな……それで捕まること自体は構わないが、逮捕されると漫画を描くことができなくなる」
 赤くなって黙る私を他所に、先生は平然と言った。それに少々むっとする思いはあったが、沈黙に気まずさを感じていた私は、すぐにその言葉に乗る。
「……それは困りますよ! なら、私が二十歳になるまで待ってくれませんか!?」
 そして、そのまま私は畳み掛ける。
 私にできるアピールは、やっぱり、言葉で彼への想いを伝えることだから。
「……露伴先生が漫画第一なのはよく知っていますよ。漫画家としての露伴先生の、ファンでもありますから。そんな先生が好きで、だから、付き合いたいと思いました」
 それでも、未成年相手に手を出せないなんて言うのなら、それは仕方ない。だけど、時間が解決するものはある。
 三年のタイムリミットまでに、彼に、好きになってもらえればいいんだ。そのために、頑張り続ければいいんだ。私にできることを。
「だから、三年後! また、先生に告白します! それまでは、私と少しでいいのでお話してください」
 これも告白みたいなものだ。勇気が必要だった。私の想いを、まっすぐに彼に伝えることは。

 露伴先生は私の言葉を聞いて、ただため息をついた。
「……君、三年もぼくに付き纏うつもりなのォ? 善意で忠告するが、君……学生時代の貴重な時間、もっと別のものに打ち込んだ方がいいんじゃあないか?」
 だけど。その呆れたような言葉だって、私にとっては嬉しいものだった。
「いいんですよ。だって先生がそれを言うってことは、露伴先生だって、私にわざわざ時間を割いてくれるってことになるじゃないですか!」
「……君のその楽観的な思考は、ここまで来ると尊敬に値するね」
 嫌味を言われたこと自体は分かっている。だけど構わない。
 だって。露伴先生は、私と会って話をすることを拒否したことだけは、一度もないのだから。
 だから、今はこれでいいのだと。そう思った。


「……名前が二十歳になるまであと三年……か。フン……それまでに、少しは大人しくなってくれればいいんだがな」
 岸辺露伴が帰路につく私の後ろ姿を見ながらそう呟いていたことは、その時の私には知る由もない。


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