■たまにはこんな日も

※バレンタインデー2023 / 高校生の未成年飲酒(夢主、承太郎)

「承太郎、チョコいる?」
「要らねえ」
「だよねー」
 下校途中、取り巻きの女の子たちを振り切って一人で帰っていた承太郎に、タイミングを見計らって私は声をかけた。承太郎は女の子たちから貰ったと思わしきチョコレートを紙袋で持ちながら、少々げんなりした様子で歩いている。
 せっかくのバレンタインなのにチョコを渡すことを断られてしまった私だが、全然気にならない。むしろ、これで「欲しい」と言われたらどうしようかと思ったくらいだ。
 そんなことを考えながら、自分用に買った板チョコを噛って自分の口の中に入れる。うん、甘い。
「で、代わりにビール買ってきたんだけど。飲む?」
 すると、承太郎はようやくこちらを見た。ちらり、とだけど。
「……ビールのつまみにチョコレートを食うのか?」
「意外と合うよ?」
「……やれやれだぜ」
 これは飲むってことだな。そうと決まればまた承太郎の家にお邪魔することにしよう。少々面倒くさそうな顔をされるかもしれないが、まあ、無下にはされないだろう。
 元気になったホリィさんの顔も、見たいところだしね。


「お邪魔しまーす。ホリィさん、お元気ですか?」
「まあ、名前ちゃんいらっしゃい! イエーイ、アイムファイン、センキュー!」
 承太郎の家にお邪魔することになって、一ヶ月ぶりくらいにホリィさんと顔を合わせたが――彼女が元気そうでよかった。
 本当に気丈な人だと思う。二周り以上年上のはずだが、私なんかよりよっぽど可愛らしいんじゃないだろうか、この人。
「ウフフ……バレンタインに女の子をお家に呼ぶなんて、承太郎も隅に置けないわね」
「そんなんじゃあねえ」
 本当にそんなんじゃあない。だが、実の母親の前でお酒を飲むとも言いにくかったのか、それとも多少は気まずかったのか、承太郎はそそくさと自室に向かった。大股で歩く屈強な男の足取りに、私は小走りで付いていった。


 空条邸は広いから、彼の部屋にたどり着くのも一苦労だ。
 歩きながらも、私は承太郎に話しかける。軽く頭ふたつ分くらいは身長差があるから、承太郎の顔を見上げると首が痛い。
「承太郎、チョコは断らないんだね」
「……下駄箱に置いてある食べ物を放置するわけにもいかねーだろ」
「確かに、腐りそうだもんね……」
 それで捨てないでちゃんと食べるんだから育ちの良さが出ている。異物混入してそうなものはスタープラチナの目でチェックして捨てているそうだが。……スタープラチナ、便利だな。


 そして、彼の部屋に着いた。承太郎の部屋に入るのは初めてではない。ただ、その頃のことを考えると、少々感傷に浸りたくなる。その思いを振り切りたくて、私は、承太郎に缶ビールを渡した。
「じゃ、ぬるくなる前に飲もうか。かんぱーい」
「おう」
 缶ビールを開けると、プシュ、と爽快な音がする。そして、最初の一飲み。冷たい喉越しがたまらない。
 そして、自分用に買った板チョコを口にした。単純だが美味しい。いい感じにビールが進みそうだ。
「……苗字、おれの分のチョコも食べるか?」
「え? そのチョコ、女の子たちが承太郎に食べてほしくて渡したんでしょ? なら、私が食べるわけにはいかないでしょ」
「言ってみただけだ。もの欲しそうな顔してたんでな」
「うっ……私、そんなに承太郎のチョコ見てたかな……?」
 まあ、高級そうなチョコもあるなあとか、美味しそうだなあとかは思ってたけど。
「でも大丈夫。私には自分用の板チョコ・第二弾があるからね!」
「太るぞ」
「大量のチョコを抱えている承太郎には言われたくない!!」
 そして、また缶ビールを呷った。……でも、承太郎が食べた栄養は全部筋肉になってぜい肉にはならないんだろうな。羨ましいやつめ。
 承太郎は「やれやれだぜ」といつもの口癖を言った。だけど、少しだけ彼の口角が上がっているような気がして、なんだか安心した。


「……あー、ホリィさんが元気になって本当に良かったなあ……」
 そして、私はまた酒を飲む。承太郎は黙っている。
 ビールの二本目に手を出した。ああだめ、感傷に浸る気はなかったのに。この家にいるとどうしても思い出してしまう。それとも私が酔っているだけか。
「……本当なら、ここに、花京院もいたのかなあ……」
 あーあ、言っちゃった。言うつもりなんて、なかったのに。
 だけど、どうしても思い出してしまうのだ。この家に初めて来た時のこと。花京院と承太郎の保健室の戦いに巻き込まれて、成り行きでこの家に初めて来た時のこと。スタンドの暴走に倒れるホリィさんのこと。
 そして、五十日の旅路。

「本当なら、アヴドゥルも、イギーも生きてて……自分の国に帰るだろうから、あまり会えないかもしれないけど、それでも、たまには連絡してくれたかな……ジョースターさんもポルナレフも、元気かな……」
「……じじいの奴は元気だ。元気すぎるくらいだぜ。ポルナレフからも……きっと、近いうちに連絡来るだろう」
「そうだと、いいけど」
 酔っているからか、無性に寂しい。それか、酔っているせいにして、たまには沈み込みたかったのかも。痛みを共有する、承太郎の前で。
「おふくろは……おれに詳しくは聞いてこねえ。だが、察していることもあるんだろうよ。元気そうに振る舞ってはいるが。今日のおふくろは……久しぶりに、心の底から元気そうだった」
「えっ?」
 頭が回らない。私が、何かしただろうか。
「だから、苗字。礼を言わせてもらうぜ」
「うーん……どういたしまして?」
 いまいちピンと来ていない様子の私に、承太郎はいつものように「やれやれだぜ」と言っていた。
 でも、本当にそうなら、お互い様だ。私はホリィさんが元気になってくれて、本当に良かったと思っているから。そう思いながら、残りのビールを流し込む。
 苦かったけど、でも、悪くなかった。


 そして、ビールも私が持ち込んだ板チョコも底を尽きたので、そろそろ私は帰ることにした。……承太郎が貰ってきたチョコレートはほとんど減っていなかった。本当に食べ切れるんだろうか、あれは……。
 で、ホリィさんに挨拶して、帰ろうとしたところ――
「おいアマ、おれはこいつを送って行く」
「はァーい! 気を付けてね、承太郎。名前ちゃん、またね」
「え、えっ? あ、はい、お邪魔しました」
 承太郎の言葉が予想外で、思わず狼狽えてしまう。が、私は承太郎に引っ張られるようにこの家を去ることになってしまった。……承太郎が私を送って行くなんて、どういう風の吹き回しだろう?


 承太郎もそれなりにお酒を飲んだはずなのに、全然酔っているように見えない。それに理不尽さを感じつつ、私は承太郎を見上げる。……相変わらず、首が痛い。
「それにしても、承太郎が私を送ってくれるとは思ってなかったよ」
「……ふらふらしてるから危なっかしいんだよ、てめーは。大人しく送られておけ」
「そっか、申し訳ない……」
 信頼している相手の前だからといって、少々飲みすぎたか。自分ではそこまで酔っているつもりもないのだが、言うつもりもなかった本音を言ってしまったあたり、やっぱり飲みすぎたのかもしれない。密かに反省する。

「おい、苗字」
「うん? ……何?」
 そんな私に、承太郎はぶっきらぼうにこう言った。
「たまには、また家に来いよ。……おふくろも喜ぶだろう」
「そうだね。……うん、そうさせてもらうよ」
 そして、私は小さく笑った。私たちがいつまでこうしていられるかは、分からないけど――それでも。たまには承太郎と、決死の思いで旅をした五十日間を共にした承太郎と、話がしたい。
 だって、仲間だから。私たちは。そう思った。


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