■恐怖と死
※少し注意。品のない表現あり
私は、神に魅入られた。
だけど同時に、神に生命を捧げられるほど、私は信心深くなれなかった。それだけの話だった。
私は確かに、自ら進んであの男の元へ向かった。それはまさしく自分の意思であり、そこには抗いだとか、そういった反逆心的なものは持ち合わせていなかったはずだ。
だけど―――
「お願いです、殺さないでください……」
ここには、死に恐怖し、男に畏怖し、みっともなく命乞いをする女の姿があった。
「……このDIOに歯向かうと言うのか?」
背筋に冷たいものが走るような感覚。冷や汗が頬を伝う。
この男は凄く魅力的だ。どこか人間離れした雰囲気には、どうしてもついて行きたい、この男のためなら命すら差し出してもいい、とすら思わせる、さながら神のようなカリスマ性がある。
だけど―――
「……な、なんでもします、から。あなたが望むなら裸踊りでも、賎しい犬のようにも振る舞います。あ、ええっと……。それがお望みじゃあなかったとしても、あなたの召使いとして、または奴隷として働きます」
男の感情はよく読めないが、私は必死に赦しを請いた。男に伝わっていると信じて。私は、どうしてもまだ、死にたくなんかないのだ。一時でも『生命を捧げたい』なんて考えた私が馬鹿だった。同時に私は、自分から命を差し出すような、自分自身を失い『神』に依存する輩とは同類になりたくなかった。
「……悪い話では、ないでしょう? お望みならば館のお掃除も数日で仕上げてみせます。『食糧』が必要ならば、私が連れてきます。セックスしろと言うならば、……私の身体で良ければですけど、好きにしてください。でも、どうしても死にたくはないのです」
私がほとんど泣きそうになりながら請うと、おかしな女だ、と男は呟いた。私だって変なことを口走っている自覚はある。いくら男が神のような存在であったとしても、ほとんど見知らぬ男に、奴隷のように扱われたり、抱かれたりするなんて嫌な話ではある。だけど、死ぬよりはマシ。何をされたって、死んでしまえば元も子もないのだ。
体が震えるが、なんとか耐える。嫌だ、死にたくない、死にたくない。
「……そんなに『私の為に死ぬことに』、『恐怖』しているのか? ……『ナマエ』」
男が、教えていないはずの、私の名前を呼んだ。
男の声色は、ゾッとするほど優しく、甘い。今すぐにでも駆け寄り、自ら血を流したくなるほどには。それでも、私の『死にたくない』という思いはよっぽど強固なのか、揺らがなかった。
「……死ぬのは、怖いです。ですが、それ以外のことだったら何でもします。お願いです、私の代わりの女だっていくらでも連れてきます。だから、どうか、どうか……」
私の声は、呆れるほど情けなかった。結局私は、自分自身が一番かわいくって、他の人などどうでもいいと思っているんだな、とやけに冷静な私がいた。
「フム……。まあ悪い話ではあるまい」
「でしょう!?」
私は思わず噛みつくように言ってしまった。けれど、構わない。私が生きていられるのならば、ひとまず私はどうなろうと構わない。もちろん、隙を見て逃げ出すことも考えている。逃げ出せれば、の話だけれど。
「それに、他の女どもは、喜んで身を捧げるというのに、このDIOのことを恐怖し、我が身かわいさで生命以外の全てを捨てるような決心。おかしな女だが、気に入ったぞ」
「……ほ、本当ですか」
私はひとまず、歓喜に打ち震えた。―――まだ、生きていられる! これからどうなるかはわからない。奴隷のように扱われるかもしれない。それでも、とにかく私は生きていけるんだわ!
一瞬でも、馬鹿みたいに浮かれていた私は、気づかなかった。気づくことができなかった。
男が、全く冷静な顔で、私の方に近付いて来ていることに。
それは、私の請いを拒絶したという印であるということに―――
「だが、貴様は死ぬしかないな。『ナマエ』」
え、と間抜けな声が飛び出た。一瞬、何を言われたか理解出来なかったのである。
血が、ぐいぐいと吸い取られる。
男の端正な顔立ちが近くにあり、一瞬だけ何が起こったか全く理解できず、ただ見惚れてしまっていた。
だが同時に、意識が段々と遠のいていく。ゆっくりと、だが確実に。
「残念だが、その提案は受け入れられんな。貴様程度の女が一人屋敷にいた所で、特に役に立つとも思わん。『スタンド使い』でもない貴様が、このDIOの役に立つには、こうするしかないのだよ」
「―――カッ、ハッ」
「残念だったな、『ナマエ』。お前のことは、ちょっぴりだけ気に入ってたぞ。……まあ、貴様程度の人間など、いちいち覚えてるほど暇じゃあないんだがな」
視界がぼやけていく。黄金色の艶やかな髪と、赤い瞳が、どこか遠くのもののように感じられる―――
それが、私の聞いた言葉の最後だった。
神を受け入れた者は死に、神に逆らう者も死ぬ。
最初から、私に選択肢なんてなかったのだ。
それにようやく気づけた時、私は意識を永遠に手放した。
私は、死んだ。いくら死にたくなくても、それは変わらない事実だった。