ネオンの煌めくかぶき町の夜。店同士の競争の激しいこの町では、弱いものは淘汰され、日々新しく生まれ変わっていく。
そんな中、一際目立つ看板を掲げ、町を席巻するホストクラブがあった。
ホスト真選組。最近オープンしたばかりの新参者だが、既に数多の同業者を叩き潰し、ホスト界の頂点に上り詰めている強者だ。
さてそのホスト真選組は、今日も今日とて大忙し。鳴り止まないシャンパンコールに、降り注ぐ金、大繁盛なのであった。
騒ぎの中心では、ここのトップスリー、イサオ、トシ、ソウが、グラスを片手に女を惑わす。
しかし、それを面白くなさそうな目で見詰める客が一人。雪のような白い肌に、オレンジの髪、海を吸い込んだかのような青い目が印象的だ。可憐と称するのがしっくりする若い女で、ホストクラブには似合わない。
視線の先には、ホストのソウ。ソウは、美人でスタイルの良い女に、べったべたに張り付かれているのであった。








「あの、神楽さん、ヘルプのザキです。ソウさんはもう少しお待ちいただいて……」
ソウと女を強く睨みつけながらボトルを次から次へと空にする神楽に、新米らしいホストが怖ず怖ずと話しかけてきた。
ぺたりとした大人しい黒髪の男。
「……フン、地味アルな。ジミーね」
その顔を一瞥した神楽は、一言吐き捨てた後、そっぽを向いた。既に興味を失ったのか、ザキの方をチラリとも見ない。
「……神楽さん、いやぁ、お綺麗ですねー。ソウさんからよく聞いてましたよー。ハハ、ハ、ハ……」
「……」
神楽は無言でグラスを傾けると、琥珀色の酒を最後の一滴まで飲み干した。ザキの乾いた笑い声は二人の間に気まずく淀む。店内が賑やかなだけに、空気の冷えは際立っていた。
「……おかわり」
神楽は自分で注ごうとしたボトルが軽いのに気が付くと、それをポイッとザキに放った。
「あ、かしこまりました」
ウェイターに頼めばいいのに、慌てて立ち上がるザキ。
肩に乗る重苦しい雰囲気に堪えられなくなったのか、動転しているのか、何にせよザキは行ってしまった。神楽は一人テーブルに残された。
「……フン」
曲線の美しい足を組んで、神楽はソファに深く沈み込んだ。
ソウと女の笑顔が気になって仕方がない。
あんな狐みたいな女……。
値踏みをするように、ジロジロと女を眺めた。
身なりからしてお金持ちの令嬢か何かだろうが、笑い声も仕草もまるで品がない。見たところ、性根の悪そうな目付きをしている。
ソウに豊満な胸を押し付けて誘惑していた。
ふと、ソウがこちらを見た。目が合ったように思えたので、神楽は慌てて目を逸らす。不自然だったかもしれない。
神楽は更に俯いた。膝の上で握った手を見ていた。惨めで嫌な気分だ。今日は帰ろうか、という気分になって立ち上がったそのとき、ザキが戻ってきた。
「あれっ、神楽さん。お帰りですか?」
自分に何か落ち度があったのではと思ったザキの顔が白くなる。そんなザキに神楽は初めての笑顔を見せた。
「別にお前に怒ってるわけじゃないヨ……疲れだだけアル。折角ボトル持ってきてくれたのに、悪かったナ」
笑うとまるで十代の少女のようだ。ザキの頬が今度はうっすらと赤くなったが、神楽がそれに気付くことは無かった。
ソウがやって来たからだ。
「神楽さん」
「あ、ソウさん」
声を上げたザキを、ソウはさりげなく押し退けた。
「来てくれたんですね。嬉しいです」
ソウ得意の甘い微笑み。この笑顔に何人騙されたのだろう。
神楽は知っている。
ホストの囁く甘言も花の微笑みも、女を釣るためのものだ。勘違いしてはならない。
そこに愛はないのだ。
それなのに、ソウの笑顔によって神楽の心臓はうっかりときめいている。
神楽は不満に鼻を鳴らした。
「嘘は良くないヨ。さっさとあの女のところに戻れば」
ギラギラと、狐女が神楽を睨んでいた。お気に入りのホストを片時でも取られるのが腹立だしいというわけだ。神楽も十分に睨み返してから、ソウに視線を戻した。
「今日は帰るヨ。お前を待つのも飽きたし」
ソウのスーツの胸元を軽く押すと、入口に向かった。磨かれた大理石の床をヒールが叩く。
「神楽さん」
追い掛けてきたソウが神楽の手を取り、何かを握らせる。それは紙のような触感だ。思わず開こうとしたが、ソウがやんわりと押し止めた。
「今見ないで、店の外に出てからにして下さい。……今日は早く上がりますから」
意味深な一言を残して、ソウは離れていった。神楽は言われた通りに紙を握ったまま会計を済ませ、ザキに見送られて店を後にした。
「何……?」
月も無い夜だったが、ネオンのおかげで十分明るかった。不健全な看板の光に照らされて、神楽は手の中のものを開いた。
ソウの名刺だった。神楽が既に持っているものと同じ。しかし裏返すと、ボールペンでの走り書きと思われる雑な文字が見えた。
「Con amore……」
記されていたのは、かぶき町の中心地にあるバーレストランの名前。ここからそうはかからない。そのすぐ下に書き付けられていたのは時間。今から2時間後だ。
「ここで待ってろって話アルか……」
所謂アフター、というサービスだ。
神楽は考えた。
帰っても良いはずだ。
他の女を優先された揚句、待たされるとは随分な扱いだ。同じことをされたら怒る客もいるだろう。
現に神楽も、苛立ちの端にチリリと火がついた。
「あの野郎……」
名刺を握り潰す。しかし、その足は待ち合わせのバーに向かって歩き出していた。
「レディを待たせるなんて、何様ヨ」
神楽はくしゃくしゃの名刺をコートのポケットに突っ込んだ。
ソウは確信していたのだ。神楽は決して帰らない、待ち合わせ場所で待っている女だ、と。
足元を見られたものだ。
「あの性悪……遅れてきたら許さないアル」
フツフツと煮え立つ腹を抱えて、神楽は拳を握った。
しかしこの拳も、ソウの顔を見れば簡単に解かれてしまうのだろう。
ソウのあの麻薬のような魅力に、すっかり神楽は嵌まっているのだ。
馬鹿なことだと分かっている。
ホストに恋するなんて、本当に不毛だ。
「男を見る目がないのは、マミーと似てるアルな」
神楽の自嘲じみた呟きも飲み込んで、かぶき町の夜は更けていく。






***







「ソウさん」
ところ変わって、ホスト真選組。
神楽を見送ったザキは、先輩ホストのソウに怖ず怖ず話し掛けた。
「なんだよ地味」
ソウの機嫌が悪い。神楽とザキが話していた頃から悪かった。
人の機敏に聡いザキは、その様子を見て閃いたのだ。
「もしかして、神楽さんに惚れてます?」
ホントクラブの喧騒に紛れた聞き取り辛い小さな声で、内緒話をするかのようにザキが言った。
「……ザキ」
ソウがにっこりと微笑む。
「知らないほうが幸せなことって、あるよな。俺にとっても、お前にとっても」
向けられた真っ黒な笑顔に、ザキは戦慄した。ソウの隠された内面を知っている。それはもう、地獄の悪魔もびっくりの傍若無人っぷりなのだ。
ザキはペコペコと何度もお辞儀をし、慌ててその場を離れていった。
「……客に恋するなんて、馬鹿だろィ」
ソウが呟く。
同じ頃、ソウを思ってため息を吐く神楽の姿があったのだが、今後の二人がどうなるのかは、神のみぞ知ることとなる。











モドル←→アトガキ
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -