「全くお前は昔から心配ばかりかける奴だ」
わはは、と豪快な笑い声を上げ、近藤は大きな手の平で沖田の肩を数度叩いた。
「いっ、勘弁してくだせぇよ近藤さん。まだ傷は塞いじゃいないんだから」
「おお、すまんすまん」
近藤がまた笑った。一見すると厳つい岩のような男だが、笑うと存外愛嬌がある。
沖田は病院の清潔な白いベッドの上で半身を起こしている。患者服の上からは見えないが、沖田の胴体には包帯が幾重にも巻かれていた。つい先日縫合したばかりの背中の傷は、まだ癒えていない。
「チャイナさんには感謝しないとなあ。ほんとに、お前が斬られたと聞いたときには寿命が縮んだぞ」
「すいやせん、近藤さん」
沖田は素直に頭を下げた。
「まあよく養生して、怪我も病も治すことだな」
そのとき、病室の扉がガラリと開いた。顔を覗かせたのは、件のチャイナ娘だ。
「おうゴリラ、来てたアルな」
「ノックしろィ」
神楽はその白い指に、コンビニのビニール袋を提げていた。
「見舞いヨ、りんごアル」
毎日極貧の万事屋にりんごを買う甲斐性があったのかと、近藤沖田が揃って目を見開くと、神楽はお登勢からの貰い物だと付け足した。
「剥いてやるヨ、仕方ないからな」
神楽は何故か勝ち誇ったように言うと、歩いてきて、ベッドの脇に置いてある果物かごのナイフを手に取った。
「剥けんのかィ」
「チャイナさん、俺がやろうか?」
「ゴリラに心配されるほど落ちぶれてないアル」
神楽は、左手にりんご、右手にナイフを持った。赤く艶めく皮に、刃が入る。
神楽の手は白く華奢で、繊細な仕事をしそうに見えるが、実際は強力だ。ザクッ、と大胆な音がした。
「出来たアル」
そうして沖田の前に差し出されたりんごは、皮と共に身の大部分がえぐり取られていた。
「おお、個性的なりんごだな!どれどれ」
近藤が横から、りんごを一切れさらっていった。心底神楽を褒めている表情だ。このお人好し加減が、近藤の最大の美点と言える。
「いただきやす」
沖田も剥いてもらったことに変わりはないので、りんごの形には触れずに手を伸ばした。口に入れるとゴツゴツした角が当たる。でも美味しい。
「美味いだろ」
神楽が腰に手を当てて言った。
「どうだかな」
沖田が素直でない返事を返すと、神楽は意外な顔をした。
「うまいぞ! チャイナさん!」
近藤の馬鹿でかい声が響いた。




空が焼けている。綺麗なオレンジ色だ。雲がなんともいえない不思議な色をしていた。
近藤は仕事があるからと帰った後で、病室には沖田と神楽しかいなかった。
「お前、変わったアルな」
神楽がおもむろに口を開いた。夕日が神楽の肌を染めている。
「そうか?」
沖田は窓の外を見つめていた。「うん、なんていうか、戻ったアル」
「戻ったってーと?」
神楽はそこで含み笑いをした。笑ったせいで目が若干細くなり、涙袋が盛り上がる。
「悪童の沖田に戻ったアル」
沖田は、神楽の言葉に微妙な顔をした。
「妙に覇気がなくってしおらしかったくせに、なんだか、変わったアルな」
寺にいた頃の沖田の様子を、神楽は思い出している。痛ましいくらい弱っていたのに、今の沖田は何かが吹っ切れたのか、すっきりとした顔をしていた。
「今の俺は変か?」
沖田が聞けば、神楽は首を横に振った。髪飾りが揺れた。
「今のお前が好きアル」
輝く太陽が力強い。二人のこれからを照らしていた。



〈了〉



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