流血表現あり





片膝を立てた沖田が、鯉口を静かに切る。底冷えのする目だけが、生気を取り戻して輝いていた。沖田の殺気に肌を粟立たせながら、神楽は緊張にごくりと喉を鳴らす。
張り詰めた空気は突如動いた。
障子を外から蹴破り、土足で荒々しく畳を踏み荒らす浪人風の男達。刀を抜き身で携え、沖田の姿を認めるなり襲い掛かってきた。
神楽は沖田を守るように立ちはだかると、ガチャンと番傘の柄を引き、発砲した。天井の低い室内で傘を振り回すことはせず、殺さないように足を狙って撃ち続ける。
血が飛沫き、藺草を濡らす。
足を撃ち抜かれた男達は、その場にうずくまったり、逃げる素振りを見せたりする。
しかし思いのほか数の多い相手に、連射できない神楽の番傘は不利だった。一人二人と銃弾を免れ、沖田に斬りかかっていく。「御免!」
ドッ、と人間の体を刀が貫く嫌な音がした。
菊一文字の切っ先が、男の背中の中程から覗いていた。沖田が刀を引き抜くと、ピピッと血液が弧を描いて飛ぶ。
「俺の首はそう簡単にはやれねぇなァ」
重い音を立てて、男の体が横に倒れた。
沖田は細くなった手首で刀を支え、それでも鮮やかに敵を斬り伏していく。
部屋の襖が開かれた。寺の和尚が、慌てた様子で顔を出す。
しかしこの惨状を見るなり、ヒッと喉を鳴らして腰を抜かした。
「坊さん、とりあえず逃げるアル!」
神楽の大声に、和尚は這うように逃げ出した。叫びながら神楽は、さらに二発撃ち込む。
「沖田も逃げるアル! ここは私が……」
「馬鹿言うな。いくらチャイナとはいえ、女一人残していけるかよ」
沖田は鋭い気合いとともに、突きを繰り出した。しかし既に汗みずくで、顔色が悪い。息も荒い。
神楽があ、と思ったとき、沖田は足をふらつかせ、体勢を崩した。ここぞとばかりに、容赦ない白刃が沖田に浴びせられる。正面からの一太刀は菊一文字で防いだが、背後からの刃が沖田の背を割った。
ぐ、と詰まった声を出すと、沖田は苦悶の表情で、背後の男を振り返りざまに薙ぎ払った。男の体は胴で二つに別れ、臓腑がドチャリと畳に落下した。それきり沖田は膝をつき、不規則に呼吸を繰り返すのみ。
「――沖田!」
神楽は絶叫に近い叫び声をあげると、尚も沖田に斬り掛からんとする浪人を足蹴にし、恐ろしい目で辺りを見回した。
「私の視界から、今すぐ消えるアル」
はらわたが煮え繰り返るとは、正にこの状態であった。怒りで熱くなる頭は、神楽の思考を奪っていった。



気が付いたときには、男達の姿はとうに消えていた。見る影もなく荒れ果てた座敷で、神楽は横たわる沖田の傍らでしゃがみ込んでいた。
神楽の目に、白い単衣を血染めにした沖田が映っている。沖田の背の傷から溢れた血液だった。
沖田の目は半分だけ開かれ、神楽を見ている。「……こえぇ女だな。あんだけの人数返り討ちにするたァ、流石チャイナじゃねぇか……」
コホリ、と沖田は小さな咳をした。
「感謝する、ヨロシ。強い強い神楽様のおかげで、お前は助かるアル」
神楽の声が震えている。目の前の体が、今にも消えてしまいそうで恐ろしかった。ぎゅっと沖田の手を握った。
「今病院に連れてってやるから、痛いのは我慢しろヨ」
しかし場違いなほど穏やかな笑みを浮かべた沖田は、首を横に振った。
「いいでさァ。もう助からねぇ。俺はこれでいい」
また不吉な咳が沖田の喉から零れた。
「どうしてアルか? 私はよくないネ」
神楽はますます握る力を強めた。つい責めるような口調になってしまうのは仕方ない。
「……碌な死に方はできないと思ってたんでィ。俺に怨みを持ってる奴らに、いつブッスリいかれるか分かったもんじゃないって。でもこの病になったとき……」
沖田は途中で言葉を切ると、浅く息をした。喋る気力を保つのも危ういらしかった。「畳の上で死ぬのは嫌だと思った。どんな酷い死に方でも、戦場で刀持って死にたかったんでさァ」
だからこれでいい、と沖田は一度頷いた。神楽は、いつの間にか零れた涙を拭くこともせず、ぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
「ふざけんじゃねーヨ。許さないアル。お前との決着、まだつけてないアル。ゴリラもマヨも私も、まだお前のこと諦めてないアル。なのにお前が諦めるなんて、どういうことヨ」
神楽は沖田の顔を両側から挟み込み、無理矢理目を合わせた。びっくりした沖田の表情に、神楽の涙が落ちて弾けた。
「私はお前に生きててほしいアル! 病気なんか治せばいいアル。傷も良くなるヨ。お前は死なないアル! だから」
そんなこと言うなヨ、と小さく神楽は呻いた。ぐずぐずと鼻を鳴らして、みっともない泣き顔で沖田に縋り付いた。沖田の手がゆっくり動いて、神楽の頭を撫でた。
「泣くんじゃねぇよ。お前がそんなんだと調子狂うわァ」
外はいつの間にやら、叩き付けるような土砂降りだ。風が吹いている。止む気配はない。
「生きろヨ、サド野郎。この私が命令するんだから、拒否権なんてないアル……」
神楽の言葉に、とんだジャイアニズムだと沖田が笑った。





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