ケホ、ケホ、と乾いた咳が沖田の口から零れた。あまりにも咳が続くものだから、えずいて涙目になっている。
その背中を、神楽はゆっくりとさすってやった。
「大丈夫アルか」
漸く落ち着いた沖田に、声をかける。さする手を移し、汗で張り付いた沖田の前髪を払った。
「大丈夫でィ。面倒かけて済まねぇ」
「そんなことないアル」
沖田の殊勝な様子に、神楽は首を振った。
「早くよくなってヨ」
その言葉に、沖田は微かに笑った。



沖田が病みついて床に伏せるようになって、もう半年が過ぎた。その目に、以前のような覇気はない。
毎日三回の苦い薬と、空気の綺麗な場所での療養。医師から言い渡された治療法は、あまりにも心許なかった。
天人の介入で目覚ましく進歩した今の医療技術をもってしても、沖田の病に対してその程度の施ししかできないのだ。
医師の言葉に従って、沖田の身柄は真撰組を離れ、山間の寺に移された。彼の菊一文字は、刀掛けにずっと置かれたまま使われることがなくなった。けれど沖田は手入れを欠かさないので、刃は今も澄み切った輝きを保ったままだ。
神楽は寺へ週に何度か足を運び、沖田の話し相手になっている。
しかし、会う度に窶れる沖田の面を見ると、神楽の胸は錐で刺されたように鋭く痛むのだ。「ゴリラが、来週会いに来るって。お土産たんと持っていくから、楽しみにしてろよって、言ってたアル」
神楽がそう伝えると、沖田の頬に僅かながら血の色が差したように感じられた。それどころか、口元を綻ばせた。
病になってから、沖田は以前よりも素直に感情を出すようになったと神楽は思っている。よく笑い、よく喋るようになった。
神楽には、それが良くないことの予兆に思えて気が気でないのだが。
「近藤さんに会えるの、久しぶりだなァ」
無邪気な顔をしながら、沖田が喜ぶ。
「ゴリラも喜んでたアル。久しぶりにお前に会えるって」
神楽は、濡れたタオルを沖田の額に乗せてやる。沖田は目を細めた。
「早く帰りたいなァ」
開け放たれた障子の向こう側に、小さいが風情のある日本庭園が見える。それを眺めながら、沖田は呟いた。



日は過ぎて、近藤が沖田の見舞いに訪れるという約束の前日の、夕刻のことだった。
その日は嫌な天気で、雨は降らないが風ばかりが強くて、空気が生暖かかった。
また寺を訪れていた神楽は、そろそろ日も沈もうかとしている空を見て、帰り支度を始めていた。その時に、ふと不穏な気配を感じたのだ。
神楽はゆっくりと立ち上がり、番傘を手に構えた。石突を気配の方向へ向け、いつでも発砲できるよう備える。
横目に、床についていた沖田が半身を起こし、菊一文字を引き寄せる姿が見えた。





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