仄白い朝日が、カーテンの生地越しに室内に差し込む。ベッドに臥せっている人物を起こさないよう、なるべく音を殺して、総悟は多少くたびれたワイシャツに腕を通すと、ネクタイを首に引っかけ、上着を小脇に抱えた。
静かな足運びでドアを目指す。ノブに手をかけたその時、背中に何かがトンと当たって落ちた。
「……」
振り返り、無言で足元の紙屑を見下ろして、顔を上げると、いつの間にか起きていて、肘枕をした神楽と目が合った。
「ひどい男よネ。レディをおいてけぼりにするの?」
総悟は平坦な声で答えた。
「もう営業時間は終了したんで」
ぞんざいな言い方に神楽は一瞬顔を引き攣らせたが、怒りを内側に押し込めて、深く微笑んだ。
「じゃあ延長よ、坊や」
細くて白い指先が、総悟に差し出される。
「着替え、手伝ってヨ」
総悟は数秒神楽の指を見詰めていたが、やがて今までの無表情が嘘のように、にっこり笑って見せた。
「神楽さん、あなたには金時の旦那がいるでしょう。俺なんかじゃなくて、そちらに電話でもかけて来てもらったらどうです?」「……!」
神楽はギッと総悟を睨みつけると、ベッドの布団を跳ね退け、立ち上がった。その姿はルームウェアが肩に引っ掛かっただけのしどけないもので、崩れた色香が情事後だということを物語っていた。
「お前に頼んでるのヨ。金ちゃんは関係ないでしょ」
いつも頭の両サイドで丸めてられている明るい色の髪は梳かれ、肩甲骨の下あたりで揺れている。
「……早く!」
神楽の差し出された手が、いっそうズイッと伸ばされた。
総悟は上着を放り投げると、神楽に近付き、その手を取った。
「あんたはわがままだ」

紳士が淑女にするように神楽をエスコートする。鏡の前で髪を整えてやりながら、総悟は鏡の中の神楽を見詰めた。
「俺を呼ぶのはこれきりにして下さい。十分でしょ。クラブ真選組にはもう手を出さないでくださいよ」
ゆっくりと念を押すように、神楽に語りかけた。
「……それは、私の気分次第かもネ」
神楽のはぐらかすような答えに、総悟の眉が寄る。
「ホントに、近藤とかいうあのゴリラオーナーのためなら、なんでもするのネ。……こんなふうに好きでも無い女と寝たり」
「神楽さんが、そうしないとクラブ潰すって脅してきたんでしょ」
総悟は櫛で神楽の髪を二つに分け、器用に髪留めで結い始めた。
「私と付き合ってヨ」
神楽が唐突に言った。突然の言葉に、神楽の後頭部ばかりを見ていた総悟は手を止め、鏡の中の彼女に目を移した。
「……はァ、それは」
「冗談なんかじゃないヨ。付き合ってくれれば、お前のクラブに手ぇ出したりしないヨ。約束する」
「……」
「大丈夫ヨ。私が守ってあげる。お前にも、不自由させない。囲ってあげてもいいヨ」
神楽は不敵に微笑んだ。
「……それは、有り難い」
総悟は目を伏せて笑った。
「でも俺、神楽さんのこと好きじゃないですよ。神楽さんのこと利用しようとします。こんな男と付き合って、幸せになれますか」
総悟は言いながら、また手を動かし始めた。綺麗なお団子が作られていく。
「平気ヨ。絶対、私に惚れさせてやる」
ふふん、と高慢に、美しい顔を歪めた。
「それは楽しみですね」
静かに答えた総悟は、愛しいものをみるように目を細めて、神楽の後頭部に口づけた。





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