蝉が声を振り絞っていて、葉が一段と青々と繁る。日は燃えるし、風は生温い。 沖田、神楽両者の祝言より早くも三ヶ月が経った。季節は夏である。 新婚の夫婦は、これまで通りいがみ合いながらもそれなりにラブラブしていた。 新婚生活のあれこれを神楽から聞いているお妙に言わせると、「中学生のできたてカップルと変わらない」らしいが。 所詮、二人のラブラブというのはその程度である。 さて、その「中学生カップル」の新妻神楽は、今わあわあと騒ぎながらめかし込んでいる最中だ。それを見る沖田が笑ったり呆れたりしている。文句の声をあげた。 「早くしろよ」 「ちょっと待てヨ! あとすこし……」 神楽はチェストをひっくり返している。 女の支度は長い。待つ男は大変だ。しかし、女にとっての服装というのは、その日一日をどれだけ気持ち良く過ごすことができるかという点で重要な項目だ。好きな男と出掛けるなら尚更。許してほしい。 神楽がネックレスを選び終えた。最後に姿見の前でくるりと一回転。それからニコッと微笑んだ。 「行くアル!」 「長いことかかるもんだな」 お気に入りの服に身を包んだ神楽はキラキラしている。 それを見るためなら多少の待ち時間も多めに見ようという気分になる沖田。 神楽が沖田の手を取った。 「「行ってきます」」 二人で出掛けるのは久しぶりだ。 久しぶりの夫の休みを有効活用しようとの次第である。 所謂、デートだ。 行き先の大江戸水族館は大変な盛況だった。子供から大人まで楽しめる、夏に人気のレジャースポットだ。夏休みと重なる期間は家族も多いがカップルも多い。 既に二十を超えた沖田と神楽だが、二人とも童顔なせいか、初々しい学生カップルにも見える。結婚した夫婦だとは周りは思わないだろう。 白地の単衣に濃緑の袴が沖田、鮮やかな赤のチャイナ服が神楽。実に爽やかで見目好い二人組だ。 デートは滞りなく進んだ。 神楽は早速買ってもらったシャチのぬいぐるみを連れていた。ショーを見た後、どうしてもとせがんだものだ。円らな瞳と白い腹が可愛らしい。 「定春二十九号……」 「他に名前ないのかよ」 「定春以外考えらんないネ」 「サド丸三十号とかさァ」 たわいないお喋りも楽しい。 「あっ」 「よっ、と、チャイナ」 しばしば、背丈の低い神楽は流されたりもする。その度に沖田が手を握ってやった。 こういうとき、神楽はちょっぴり頬を染めたりして、照れ隠しのように大きな声でぺらぺらと喋る。そんな様子もまた一興と、沖田は存分に楽しんでいた。 何かとイレギュラーやトラブルを引き起こす二人のデートとしては、極めて穏やかだ。感動すら覚えるほど。 しかし、そうは問屋が卸さないのだった。 「あ、沖田、あれ、あそこ」 沖田が興味津々にナマコ群を眺めていたときのことだ。 神楽が指を上げた。先には、巨大水槽が青い光を放っている。水族館の目玉だ。 「あれが見たいアル」 トトトと走る神楽の後ろ姿を沖田は追い掛けた。 「ガキか……迷子になんなよ」 沖田は口が悪いが、きちんと心配している。神楽は小さいから……。 「……エイ」 ぺたりとガラスに張り付いて、神楽は悠々と泳ぐエイの長い尾に夢中だった。覗いた沖田も思わず水槽の中の世界に引き込まれる。 真っ青で、発光していた。小さな魚が群れで泳ぐ。鱗が煌めく。まるで無重力みたいに軽やかだ。 「……」 ついつい、見入っていた。 するとどうだろう。 今まで隣で上がっていた「ほわー」だの「わはー」だのいう奇声が聞こえなくなっていた。 沖田が四方に視線をやっても、人の黒い頭ばかりが見える。あの特徴的なオレンジ色の頭はどこにもいなかった。 「……ガキ」 ……この場合、迷子はどちらだろうか。 (20121031) return|02 |