▼ Dolly ...project ...log

白日の下、睨み合う二人の青少年。
かぶき町の名物となりつつある、沖田と神楽の可愛いげのない喧嘩だ。
殺伐とした空気に気圧されてか、猫の子一匹現れぬ午後の公園。すでにひどい有様だ。えぐれた地面に、横薙ぎの遊具。四人掛けのベンチは今、神楽の二本の腕で宙に放り投げられた。
「ほらチャイナ、こっちだぜ」
沖田は余裕の表情でベンチを躱す。
そのにやけた面を真顔にさせたい、ムカツク。神楽はますます激昂した。
「ハッ」
ベンチの後ろから沖田に飛び掛かり、回転蹴りをお見舞いする。
ドンッと鈍い音がして、確かな手応え。
「うわっ」
軽く吹き飛ばされて、沖田は数メートル後方に片膝をついた。
「フン、ださいアルな」
神楽は憎たらしい顔をして見せた。仁王立ちだ。真っ赤なチャイナ服の腿までのスリットにも関わらず。
「……女じゃねェ」
沖田がボソリと呟いた。
「なんだと」
神楽がすぐさま反応する。
そのまま激しい攻防へ。殴る蹴る避ける受けるの繰り返し、めぐるましく優劣の入れ替わる体勢。
苛烈さを増すそれは、触らぬ神に祟りなしということで放置される。止めに来る連中など彼等の保護者しかいない。
しかし、今日は様子が違った。沖田が途中で攻撃を止めたのだ。
無抵抗の相手を殴る趣味はないので、神楽も訝しみながらピタリと静止した。
「……何してんだヨ」
「……うーん」
沖田の目線は神楽の足を注視しているようだった。
神楽は今更恥ずかしがるような性分でもないが、剥き出しの腿が急に寒気を覚えた。居心地が悪い。
「お前、変態カ?」
じわじわと後ずさる神楽。
沖田はなぜかキョトンとした目で見詰め返してきた。
「チャイナチャイナ」
沖田が指差す。
「何ヨ」
その先を追って、神楽の目線も動いた。己の足へ。
「……」
「……」
…………。
神楽は思考を停止した。
「……血ィ」
小さな呟きは、沖田だ。
ポッテリとした雀が、静かになった公園を歩き回り始める。どこからかやってきた犬がつぶらな眼で二人を見上げた。
「……もしかして、初花」
神楽が恐る恐る口にした。
初花とは、所謂、女子ならばだれでも通る道、初潮のことである。
神楽の日に焼けない足には、一筋の血が付いていた。
今まで全く気付かなかった。この状態で沖田と対峙していたと思うと、気が遠くなる。
神楽の顔に熱が集まった。
「……どうしたらいいアルか?」
俺に聞くなよ、とは沖田の心中である。
「あー、あのさ、ほら、取り敢えず、家返れよ」
しどもどしながらも、やっと答えた。
いくら姉がいたとしても、沖田は男子。初花の詳細なんて知らない。
「志村んとこの姐御にでも相談しな」
それが正しいと思った。
神楽も大人しくコクリと頷く。耳まで真っ赤だった。
「……うん」
羞恥のためか、沖田の錯覚か、神楽の目が潤んでいるような気がした。
……それが可愛いなんて。
血が見えないように小股になって、静々と神楽が背を向けた。濃い色の服のお陰で、幸にして血が染みて見えるなんてことはない。
「……あの、それじゃ」
不自然な様子で神楽が振り返り、右手を上げた。
「おう」
いたって冷静、を装い、沖田も手を上げる。
神楽の後ろ姿は段々小走りになり、最後は全力疾走で消えた。
呆けて見送る沖田は、上げていた手をだらんと脇に下ろした。
……なんだかチャイナが女に見えた。
そんな感想を抱く、十八の秋だった。



2013/06/17 21:16

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