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なんともすっきりしない気持ちは、日ごと神楽を苛々させた。だんだん仕事に身が入らなくなる。
だから、今からする行動はただの思い付きではない。ちゃんと考えてのことだ。
丁寧に風呂敷に包んだ品を持って、神楽はよそ行きのきちんとした着物を身に纏っていた。
仕事の場以外では滅多にしない紅も差した。髪も結い直した。
どこからどう見ても、特別な場所に出掛ける装いだ。
西本願寺。鬼の住み処と噂される新撰組の屯所がある。
普通、若い娘は一人で近寄らない。しかし今の神楽には大義名分がある。
「先日沖田総悟様に助けて頂いたお礼にございます」
そう一言添えて、菓子の折り詰めを差し出す。それだけ。
行って、お礼をして、できれば沖田総悟の顔を一度拝む。
「会ってお礼を言えば、きっとよくなるはずよね」
この不可解な胸のしこり。




西本願寺は、身も竦むような威容を湛えていた。来るのは初めてだ。立派な門の両側に、いかつい番人が一人ずつ。
皆足早にその前を通り過ぎていくので、立ち止まるのは神楽だけだった。
「用件を申せ」
門に近付くと、高飛車な物言いで番人が言い放った。
「あの……沖田総悟様にこれを……」
実際、神楽は少し怯えていた。新撰組といえば、やはり乱暴者の印象が抜けない。体の大きい、しかも腰に大刀を携えた男と相対してみれば、いかに肝の座った人間といえど緊張するだろう。逃げ出さないだけ神楽は立派だった。
「組長に? ……しかし、素性の分からぬ奴からの贈物など受け取る訳にはいかん」
ジロリと睨みつけられる。
「……それなら、せめてお礼の言葉だけでもお伝えください」
神楽は口が震えないように頑張った。
「先日、助けくださって有難うございますと――」
そのときだ。後ろから腕がニュッと伸びてきて、神楽の肩を掴んだのだ。
「っ、きゃっ」
「! これは原田組長」
神楽が(努めて娘らしく)悲鳴を上げるのと、番人二人が姿勢を正すのが同時だった。
「何をしているんだ娘さん」
軽快な調子の声と共に背後から現れたのは、槍を持った大男だった。寺の坊さんのように丸坊主である。
「お勤めご苦労様です!」
番人はすっかり恐縮していた。あんなに高圧的だったのが嘘のように小さくなって。「組長」と呼んだ通り、この坊主の大男は沖田総悟と同じく幹部なんだろう。
大男の傍らを、だんだらの集団が通り過ぎていく。大男の部下なのか。神楽に興味津々なようで、視線を感じた。
「それより、こちらの娘さんは?」
大男――原田と言ったか――は、神楽の前に回り込み、その手に持った風呂敷包みを発見した。途端に目を輝かせ。
「――そうか分かった! また副長だろォ」
そして叫ぶ。体格に見合った大きな声で。
副長というのは、あの有名な鬼の副長、土方十四郎に違いない。
「副長も罪だねえ、こんなおぼこい娘も惚れさせちまって。はっはっは」
「違う」、と神楽は言いたかった。番人もなんとなく視線をさ迷わせていた。本当は沖田総悟に用があるんです――。
しかし原田は、誰にも口を挟む隙すら与えないまま、開いた門の奥に向かって、これまた大声で叫んだりするのだ。
「おおーい土方さん! また娘が来てるぞー!」
「やめ……!」
やめてください、と言うより先に、神楽は原田に組み付いた。
そんな風に叫んだら、周りの皆に聞こえてしまうではないか。会ったこともない土方とやらに勝手に懸想してる設定にするのはやめてほしい。町中で噂になってしまう。
神楽は今、新撰組が嫌われる理由の一端を理解した気がした。とても無神経。
「貴様何をする!」
神楽が原田に組み付いたことで、殺気立った番人が怒鳴った。原田はびっくりしている。
「結構なじゃじゃ馬なんだなあ」
「原田組長から離れろ!」
「たたっ斬っちゃる!」
ざわ、ざわと騒ぎが広がる。事態の収集が危ぶまれる状況で、喧騒の中でも不思議と通るあの声が降って湧いた。
「おや、あのときの剛力な娘さん」



2013/06/17 19:57

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