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人形でいう睡眠は戸棚の中にて固まることに等しい。単に拷問近く感じるであろう、が感覚は人間と対して変わることはなかった。 目を閉じるといつしか意識が吹っ飛ぶだけなのである。 朝起きて、昼は部屋の探索と暗記に追われ、夜に戸棚に佇む。
そんなこんなで早いこと、約3日が過ぎようとしていた。
流石の自分であれど適応力は決して失った訳ではなく、一応が付着すればこの環境にも慣れてきている。 部屋のガラクタに囲まれた形に、そして動く人形と自分にですら違和感を感じなくなった。 つまり、自分はこの状況に慣れつつあるのである。
あの、«SR-3»の部屋は結局違和感の残るままであるけれど。
「ねえ、シャルネは文字が読めるのよね」
ティアリアが顔を覗かせる。
「どうしたの」 「これ」
いかにも質量の大きそうな古い本が視界に映る。どうやら中身は日記帳の様だ。 全く何処から見つけて来たのやら。
「シャルネ。この日記帳、書いた人の名前を教えて」
「ん、分かった」
本を受けとる。予想通りの重さであった。 表紙に書かれた文字はない。名前を探すべく1ページ目を静かに捲った。
《この一瞬が惜しい。あと、もうすこし》 《by マリーガーデン》
「マリー、ガーデン?……って人、みたい」
いや、人ではない、人形の名前ではないだろうか。 ガーデンとは庭のことだ。そうとなればこれは庭の何処かとも仮定は可能であるが。 ティアリアの反応的にそういう訳ではないようだ。
「そう。ありがとう」 「どうして名前を?」
「探しているの、私の日記帳」
「ティアリアの日記帳?ティアリアって文字が書けないんじゃないの」
これは初日に出会ったミュイリカとも同じことを言った気がする。
「ええ、書けないわ。今はもう」 「じゃあ、昔は書けたの?」 「昔は、ね。こうなる前は……きっと」
こうなる前は、とは人形となる前の話だろうか。 ティアリアには人形前の記憶があるのだろうか。 ……自分と、同様に。
「ティアリアは…」 「シャルネ、貴方は知らない方がいい」
自分の疑問を口にしようとした声が遮られる。 瞳を細めたティアリアの表情は不思議だった。何とも言えない、そんな表情。 ティアリアは日記帳を受け取った後、扉の外へと出ていった。
と、次に扉が開いて間もなく入ってきたのは知らない人形。 3日目に差し掛かろうとも、ティアリアの言っていたこの部屋にいる数の人形とはまだ会っていないのである。
「あらら…?」
入ってくるなり口元を緩めて近付いてきた自分より背の高い女の人形は、自分の身体をまじまじと見つめてきた。 なんとも奇妙な光景である。
「あ、もしかして」
不意に手をパチンと叩く。
「君が、シャルネだね?リト兄が言ってたんだよ」
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