How do I look?


 自分の記憶を頼りにクローゼットの奥を探していれば、目的の物を発見した。
「そうそう、これ! 懐かしいなー」
「……何それ」
「馬だけど」
 私の行動をずっと見ていた泉は、見つけた物に対して不可解そうな顔をしている。彼の目線は私が今手にしているもの。瞳孔が開ききった目、薄いたてがみ、アホみたいに開いた鼻と口、独特の固いゴムの手触り。つまりは馬の頭部であり、パーティーやイベントでよく見られる被り物だ。泉と馬の目を合わせるように差し出してみれば、彼の眉間にさらに皺がよった。
「……何で持ってるのかとか、なんでここにあるのかとか、突っ込みどころ多過ぎなんだけどぉ」
「ご説明しましょうか?」
「いや、いい……とりあえずなんで探してたかだけ聞いてあげる」
「従兄弟から連絡があったんだよね。ハロウィンに友達と仮装したいけど、なんか持ってないかって」
 ちなみにこの馬の被り物は高校の文化祭で被っていたものだ。おかげで私の文化祭の写真がすべて馬でしか写っていないという悲しい出来事があったとか無かったとか。当時の同級生達はきっと、私の顔は覚えていないにしても、馬として記憶されていることだろう。
 それが何故この家にあるかは私にも分からない。移り住む時に紛れ込んだのだろうけど。
 被り物を人差し指でつつく泉は、警戒しながらも興味があるようだった。学生時代に一度は目にするものだとは思っていたけれど、泉が歩んだ人生においては珍しいものだったらしい。
「これ被ってたら、外歩いていても泉ってバレないんじゃない?」
「はあ? そんなの、俺から滲み出るオーラで気付かれるに決まってるでしょ」
「何言ってるの」
 確かにその立ち姿だけでもオーラがある気はするけれど、自分で言ってしまうのはいかがなものか。そんなことをのたまう自信満々な彼の顔を隠すように、手に持っていた馬の被り物で被せてやった。
「……」
「……ふ」
「……」
「ふ、ふふ……あはは! やばい! 泉やば、超似合ってるよ馬面!」
「…………」
 何故だろうか。中身が泉だと分かっているのに、この馬と目が合ってしまうと、自然と笑いが出てきてしまう。馬の破壊力は馬鹿にならない。馬だけに。
「バレない!絶対バレないから!そうだ、ハロウィンの日それ被って仮装に紛れてきてよ。で、突然キレッキレに踊ってさ。絶対バズるっへぇ――い!?いったたた!」
 目の前の馬に、容赦ない力で頬をつねられた。力加減というものを知らないのか、指が食い込んでいる。被り物のせいで泉の顔が分からない分、無言かつ無表情な馬に感じる恐怖。口から見える鋭い目は見なかったことにする。
「ごめんって、冗談だから。私が悪かったって」
「……他は良いとして、あんたが顔隠れたぐらいで俺って気付かないのがムカつくんだけど」
「いやいや、馬被ってる人いたら泉かどうか確認する前に不審者認定するでしょ」
 やたらスタイルの良い馬がいるな、ぐらいは思うだろうけど。それよりも怒りはそっちなのか。
 彼はたてがみを掴み、その被り物を取り去った。本来の顔が見えたのも一瞬。私の視界が狭まり、それとともに独特のゴムの臭いに眉をひそめる。もちろん原因は考えなくても分かる。泉が被っていた馬を私に被せたから。
「何すんの」
「よく似合ってるじゃん」
「似合ってるって何。顔見えてないのに」
「さっきのあんたの言葉、そっくりそのまま返す」
 久しぶりに被った馬の何とも言えない着け心地と視界の悪さに不快感を感じる。高校生の私、よくこれ被って学校内走り回れたな。
 脱ごうとしても、彼によって頭を押さえつけられているので上手くいかない。穴から勝ち誇った顔が見えてイラッとくるが、これが因果応報というやつか。
「ちょっと――」
「俺なら、顔が見えてなくてもあんただって分かるけどぉ」
「……は?」
「どれだけあんたのこと見てきてると思ってんの。体つきとか、仕草で分かるに決まってるでしょ」
 まさか、とは思うが少々重めな彼のことだ。そんなことはないと言いきれない。その目に映る私がどう見えているのか気になるところだが、恥ずかしいのでやめておく。
 ドン引きするべきか照れるべきか、真逆の感情に左右される。ただ、頬の熱からはどうやら後者の方が勝っているらしい。彼もなかなかだが、私もそんな彼に感化されているのだからどうしようもない。
「泉は重いなー、怖いなー」
「そこは愛されてるって喜ぶところじゃないのぉ」
 今の顔を見られたくなくて、不快感を我慢しつつ馬の被り物が脱げないよう掴む。しかし先程とは逆に脱がせようとする泉。もちろん力の差で簡単に取り払われてしまったのだけれど。
「顔真っ赤じゃん」
「……被り物の中って熱こもるよね」
「へぇ……」
 彼の両手が私の顔を包み込む。そのままぐっと寄せられた顔から、私は目をそらすことを許されていないらしい。
「どんな人混みにいたって、顔が隠れてたって俺はあんたを見つけ出せるよ」
 相変わらず綺麗な顔をしている。この顔はもちろん大好きだけれど、それだけではない。彼の全てに私は惹き付けられているから。
「さっきより赤くない?」
 この頬の熱は彼の手が温かいからで、顔が赤いのは顔が近いからで。そんな言い訳を考えたところで、私も彼だけが特別目に入ってくるのだから結局のところ同じなのだろう。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -