願わくば、貴方の夢を


 こんな夜更けに目が覚めてしまった理由はすぐに思い当たった。寝る前に見ていた心霊特番の影響だろう。夢の内容までは覚えていないけど赤と黒の印象で、残っているのは今現在の最悪な気分だけ。額に手を当てれば、少しの湿り気を感じた。
 目の前には普段お目にかかれない、純粋無垢な美しい寝顔。私と違って悪夢にうなされている様子はないようだった。何と無しにその頬をつついてみれば、眉を寄せたので慌てて指を離す。流石に起こすのは忍びない。背中に回る彼の腕をそっと外しベッドを後にした。

 顔を洗って汗を流してから、出ていった水分を補給する。すっかり目が覚めてしまった。このままベッドに戻ってもすぐには寝れないだろう。テレビももう放送休止中だろうし、眠くなるまで本でも読んでいようか。
「ねぇ」
「っひゃあ!?」
「うわっなに!?」
 予想だにしていなかった背後からの声に驚き、思わず意味の分からない奇声をあげてしゃがみこんでしまった。声の主はもちろんよく知るもので、しゃがんだまま後ろを振り向けば私に負けず劣らずギョっとした顔の泉がいた。
「ちょっと……驚かさないでよねぇ」
「え、それ私のセリフ……」
「あんたが大げさ過ぎなの」
 今もまだ私の心臓はバクバクいっている。おそらくほとんどの人が寝静まっているだろう深夜。自分以外で活動している人間がいるなんて思わないから油断していた。
下から見上げた彼は、一つあくびをこぼす。
「ごめん。起こしちゃった?」
「まぁ、抱き枕がいなくなればねぇ」
「……抱き枕」
 私はいつから彼の寝具の一つになったのだろうか。私の私による私のための人権を主張したい。
 驚いた時のまましゃがみ込んでいる私に合わせるように、彼も目の前にかがんだ。さっきまで見上げていた目線が同じになる。ずっと近くなったからか、いつもより半分程しか開いていない目。そんな彼は私の頬に手を添えて、心配そうに覗き込んできた。
「顔色悪くない?」
「たぶん寝る前に見た特番のせいかな。なんか夢見悪くて」
「ああ……だから止めとけって言ったのに」
 泉だってビビっていたくせに。いつもはトイレに行くとき点けない廊下の電気を点けていたのを私は見ていた。それを消してトイレの前で待ち伏せし驚かしてやったら、般若のような顔と出くわしたのは別の話である。
 眠そうな彼を見ながら、ベッドを出る前の姿を思い出す。
「泉はのんきな顔で寝てたよね」
「俺の寝顔見といて失礼じゃない?」
 頬をくすぐっていた仕草が、人差し指でつつく動きに変わり反射的に眉をひそめる。どちらかといえば、うなされていなかったことを羨ましいと伝えたかったのだけれど。
「あんなの怖がるとか、ガキだよねぇ」
「……泉だって怖いものぐらいあるでしょ?」
 彼は少し考えるように空を見る。そしてしばらくしてから、真っ直ぐ私と目を合わせた。何故か分からないが、何度も見てきたはずのその青に改めて貫かれて緊張する。
「俺は……目が覚めて、あんたがいなかった時の方が怖いから」
 そう言った彼の表情は、なんと表現すれば良いのだろうか。切なそうな、苦しそうな、でも慈しみがあって。いろんな感情が混ざり合っているように見えるそれは一体。
「それっ――へぇ?」
「ふふ、間抜け面」
 その言葉の意味が、先が知りたいのにつねられた頬に全て持ってかれてしまう。不意打ちで、おそらく彼の言うとおり間の抜けた顔をしているのだろう。そんな私を見て満足げに笑った彼は、最後にそっと頬を優しく撫でてから立ち上がる。
「ほら、さっさとベッドに戻るよ。あーもう、こんな時間に起きてるとか肌に悪いんだよねぇ」
「私、眠くないんだけど……」
「わがまま言わないでよ。横になってるだけでも疲れはとれるんだから、いいから寝るの」
 先に寝てて良いと口にしようとする前に、先程と同じ目と合わさる。
「それに……俺が眠れないでしょ」
 ああ、そうか。彼の気持ちの一端に触れる。不安も慈しみも、全ては愛おしさという感情があるからこそ生まれるもの。つまりそれは。
 しかしそれをわざわざ言うのは野暮というやつだろう。私ができるのは彼に寄り添うことだけ。だから彼の言葉に軽口で返す。
「……抱き枕だから?」
「抱き枕だから」
 彼が眠れないのなら仕方ない。付き合ってあげよう。素直じゃないのは私も彼も同じ。
 差し伸べられた手を握って立ち上がる。指と指が絡まっていくのをそのままに、寝室までの短い距離を歩く。
「次は俺の夢見なよぉ」
「それは逆に怖くない?」
「……どういう意味?夢の中まで俺が見れるとか幸せじゃん」
「図々しい……というか、そんな都合良く出てこないよ」
「もっと頭の中、俺でいっぱいにすれば?」
「自己主張強いんですけど」
「……可愛くない」
 そんなくだらない話をしていれば、あっという間にベッドの前に着く。繋がれていた手が離れて感じる寂しさ。けれどベッドに腰をかけ両手を広げた彼の姿に、そんな気持ちはすぐに消え去った。
「ほら、来なよ。抱き枕」
 だから人権を……いや、今は大人しくその呼び方を受け入れよう。だってその声色はひどく甘さを含んでいたから。素直にその胸に飛び込めばしっかりと抱き止められ、そのまま二人してベッドに沈みこむ。すっかり目が覚めてしまっていたと思っていたが、彼の温もりと優しさでまぶたはすでに重くなっていた。
 次は良い夢が見られるだろう。そしてその夢にはきっと。
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