I'm all yours


「ねぇ、足のそれ。どうしたの?」
 髪を乾かし終わり洗面所から部屋へ戻れば、泉からそんな言葉をかけられた。足?下を向いてみても、そこにはサテン生地のショートパンツから伸びるいつも通りの足だけ。さて何がおかしいのだろうか。首を傾げていれば、すぐ側に彼が迫っていた。
「いったぁ!」
 彼の人差し指が、私の左太ももの外側を一点押す。おそらくそれほど強く押されていないのだが、本来感じるはずのない鈍い痛みを感じた。少し見えづらいその痛みの先を、体を捻り確認する。
「うわ、きも」
 そこには空き缶の底程度の大きさの、青紫がかった痣が出来ていた。自分で言うのも何だが、かなり痛々しい。
「気付いてなかったのぉ?」
「うん……全く。私からは見えづらい位置にあるし、体洗ってたときもそんな強く触らないし……」
「いつぶつけた?」
 今日一日の行動をざっと思い返すが、この痣の要因になるような出来事に思い当たる節が見つからなかった。テーブルやドアに足をぶつけることはよくあることだから、いちいち気にしていないし。首を振ってみれば、彼は呆れたように溜め息をつき、そのまま私の手を掴んでソファーに座らせた。
「何するの?」
「手当て」
「当たらなければ痛くないよ」
「当たったら痛いんでしょ。本当は怪我したときにすぐ冷すのが良かったんだけど…今からでも湿布張って冷しておこう。それに何か張ってれば、ぶつかっても緩衝材くらいになってくれるでしょ」
 彼は近くにあるチェストから救急箱を取り出し、座る私の目の前の床に腰をおろした。
「ちょっと左足たてて」
 言われた通りソファーの上で軽く左足をたてれば、そっと手が触れる。
「ひゃ!」
「ちょっとぐらい我慢しなよぉ」
 湿布の冷たさに思わず声が出てしまう。そんな私を一喝しつつ、彼は丁寧に私のいつ出来たか分からない痣に湿布を張り付けた。
 ソファーに座っている私と、その足元に座り足に触れている彼。必然的に上から見下ろす形になり、普段見上げてばかりなので少し新鮮に感じる。すっととおった鼻筋、少し伏せた目を縁取る長いまつげ、上から見ても彼は美しい。美の象徴であるような彼をひざまずかせ、さらに足を触らせているこの状況は、自分でも気付かなかった背徳と恍惚の感情を呼び起こす。何故だかいけないことをしているような。しかしそんな私とは反対に目の前の彼は至って真面目に作業をしていて。自分だけそんな気分になっているのが恥ずかしくなり、自分を誤魔化すため、そして彼に悟られないために口を開いた。
「……気付かないうちに痣とか、かさぶたとか出来てることってない?」
「はぁ?俺がそんなことする訳ないでしょ」
 それもそうか。そもそも彼は見られる仕事をしているのだから、怪我なんてしたら仕事に差し障りがある。服から覗く彼の素肌は、相変わらず陶器のように白く傷一つない。それに、その肌の滑らかさについては私がよく知っている。
 ぼんやりと彼の作業を眺めていると、気付けば貼られた湿布にテープ、さらに包帯ネットまでつけられていた。
「え、ちょっと大げさ過ぎじゃない?」
「張っただけならすぐに剥がれるでしょ。そそっかしいんだから、このぐらいしないとダメなの」
 そそっかしいって。確かに寝ている間にとれそうではあるけど。しばらく足の出た服は着れそうにない。
「ていうかさぁ。前から思ってたんだけど、あんた怪我多くない?」
「そう?」
「ほら。脛に治りかけの黄色い痣あるし、足首にも少しだけど引っ掻けた傷ついてる。裏のここ、この前かさぶたなってたところ。取れたけどまだ痕残ってるよねぇ」
「本当だ、全然気付かなかった。…何でかさぶたの位置覚えてるの…こわ」
「何か言った?」
「……何でもないでーす」
 たまにとんでもないことを言うこの恋人は今、ひどく優しい手つきで私の足に触れている。
「……俺の知らないところで勝手にケガしないでよぉ。俺のなんだからさぁ。痕とか残ったらどうすんの」
「ふふ、私、泉のなの?」
「当たり前でしょ」
 何故か得意気な彼の、そんな様子につい頬がゆるむ。私の足に傷や痣がないかを探していた泉だが、その手付きは次第に肌を撫でたり、その指で滑らせたりと怪しい動きになってくる。始めは気のせいかと思っていたが、さすがに足の裏をくすぐり始めたあたりで止めに入る。
「ねぇ、くすぐったいんだけど! ふざけてるよね!」
「あんたがケガしてないか確認してあげてるんでしょ」
「そんな嘘、んっ……ちょっと!」
 太ももの裏をツーっと撫でる感触に、思わず手で口を覆う。やってる本人は意地の悪い笑顔で、実に楽しそうだ。何だか悔しくなってこっちもくすぐってやろうかと考えていれば、突然彼の動きが止まった。さっきまでの表情はどこへやら、顔を赤くしたかと思えば足からも私からも目を反らす。
「どうしたの? またすごい痣でもあった?」
 その原因はすぐに分かった。彼が目をそらす直前に見ていた場所。右太ももの内側を見ると、そこには赤い痕が。他の場所のようにただの赤痣と思えばそれまでだが、そんな場所は普通に生活していれば当たりそうもない部分。そして思い起こすのは彼と深く溶け合った昨日の夜の事。
 チラッと目を向ければ、ちょうど気まずそうな彼と目があった。
「……いずみくん、へんたーい」
「あんただって昨日ノリノリだったでしょ!」
否定はしないけど。甘い空気に溺れてしまっていて、そんなところに痕を残していたなんて知らなかった。きっと彼も無意識につけたものかもしれない。でも、嫌じゃない。
「……私、泉になら痕つけられても良いよ」
「はぁ?」
 いまだ頬を赤らめている彼の髪に自分の指を絡める。私が貴方のものならば、その証が欲しいなんて独りよがりだろうか。
「ほんと、ばかだよねぇ」
「……ん」
 昨日の触れた赤いそれに再び彼の唇が寄せられ、かかる息がくすぐったくて少し声が漏れてしまう。そこに触れたまま私を見上げる彼の、上目遣いの奥にはすでに溶かされてしまいそうな程の熱がくすぶっていた。
「昨日の今日で……泉は元気だね」
「……あんたが煽った」
「えー」
「そんな足出した服着てくるからさぁ」
「え、その時から?」
「あぁもう……いいから黙って」
 そういえば、太もものキスマークってなんか意味あったっけ。あとで調べてみよう。まあ覚えていたらだけど。
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