Wishing you a happy New Year!


 正月休みと言ってもあっという間のもので。実家でゴロゴロしながら特番を見たり、親戚に挨拶回りしていれば、気付くと年を越していた。そんな休みボケを直す目的もあって、私は早々に元日の翌日である一月二日の今日、我が住まいへ戻ってきた。一週間程空けていたので、最初にすべきこととしては掃除、冷蔵庫は空っぽにしてきたから買い物にも行かなければ。そんなことを考えながら、久々に家のドアを開けた。
 想像してたものと少し違う、ある種の違和感を感じた。開けた瞬間感じたコーヒーの香り。一週間空けていたにしては埃っぽさがない玄関。思えばマンションの受付で郵便物を受け取らなかったが、年始に年賀状の一枚も届いてないのはおかしい。一つの考えが思い浮かびつつも、確か記憶の彼は3日まで実家で過ごすと言っていたはず。しかし玄関にきっちり置かれた、私より一回り大きい革靴が何よりの証拠だった。ここでいくら考えても仕方ない。自分の予想をさっさと答え合わせするため、私はその靴の横に履いてきたブーツを並べて家にあがった。
 リビングのドアを開けて、ただいまと言ってみるが思う反応は返ってこなかった。周りを見渡してみると、こちらに背を向けているソファーから、少し飛び出ている足先に気付く。音をたてないようにそっと前に回り込めば、簡単に答えにたどり着いた。
 仰向けに眠る泉はかなり熟睡しているようだった。いくら自宅とはいえ、寝心地が良いとは言えないソファーの上で寝ているなんて珍しい。近くに置いてあった、部屋に充満する香りの原因であるコーヒーは、口を付けた様子がないので飲む前に眠ってしまったらしい。側に腰をおろして顔を覗き込んでみたが、やはり起きる気配はなかった。
 彼の去年最後の仕事は年越しライブ。つまり一昨日、いや、日をまたいでいることを考えれば昨日まで仕事をしていたことになる。加えて年末はほぼ休みなしに働いていたわけだから、こうして私が来たことも気付かない程深い眠りについているのは当然のことだろう。
「泉、お疲れ様」
 ふわふわと柔らかな髪の感触を楽しむように触れる。いつもはどこから見ても完璧で美しい顔なのに、寝ている時は隙だらけで可愛らしい顔をするのだからずるいものだ。小さな寝息すらもその愛らしさを助長させる。少しぐらい残念なところが見てみたいものだけれど。
 彼の寝顔を堪能しながら撫でていると、突然その手をパッと掴まれた。全く予兆がなかったものだから驚いたが、自分を掴む腕を辿っていけば、その犯人は容易に見つかる。体はそのままに首をこちらに向けた泉は、半分だけ開いた目でぼんやりと私を見ていた。
「……名前?」
「おはよう。それと、明けましておめでとう」
 呂律の回らない音で私の名を呼ぶ泉に、目覚めと新年の挨拶をした。夢うつつだった青い瞳が次第にあらわになっていき、パッチリ開かれた頃にはしかと目が合う。それに対して笑いかけた私とは反対に、泉は何故か眉をひそめた。睡眠を妨害したから機嫌を損ねてしまったか。しかしここで寝ていては体に悪いに違いないから、ベッドに行った方が良いと思う。
 泉は寝転がったまま、無言で私の方へ手を伸ばしてきた。その意図は分からないが、とりあえず手招きしているようだったので膝立ちをして少し近付く。すると背に手が回され、上半身が少しソファーの方へのりだす形で腕の中へと閉じ込められた。
「泉?」
「今充電してるから黙って」
 何を、なんて聞けば察しろと怒られそうだからやめておいた。今は泉専用の充電機器として大人しく彼に付き合ってあげることにする。することのない手はこの不安定な体勢を支えるためソファーの縁と、肩にのせられた彼の頭の上に置く。しばらくそのままにしていれば、彼の方からポツリと言葉がこぼれ落ちた。
「一週間」
「ん?」
「一週間会ってなかったんだけどぉ」
 一週間前といえば、クリスマスの朝の僅かな一時のこと。仕事の合間を縫って、わざわざ会いに来てくれたことがとても嬉しかったのでもちろん覚えている。去年顔を合わせたのはそれが最後。その後私は無事仕事納めをし、さっさと実家へ帰省したわけだが、どうにもそれがお気に召さなかったらしい。
「もしかして寂しかった?」
「はぁ? そんなわけないし」
 そんなことを口にしているわりに、腕の力は強まっていく。言動と行動が結び付いていない彼に、私は少し笑ってしまう。
「私は寂しかったよ」
「その割には、あんたから全然連絡してこなかったよねぇ」
 そういうことか。ご機嫌斜めの原因がようやく分かった。何だかんだで帰省中は忙しなくて、と言っても半分は遊んでいたのだけれど、あまり連絡は取っていなかった。昨日“あけおめ”とか適当にメッセージを送ったくらい。
 もしかして今日泉が予定より早くこの家に戻ってきていたのは、私に会いたかったからなんて自分に都合の良いことが頭によぎる。そうであるならばこの上なく喜ばしいことだが、そうでなくても彼の機嫌を直すのが大切な私の役目。触れる泉の髪を子供をあやすように撫でる。
「そういえば、カウントダウンライブ見たよ。中継でやってたの」
「ふうん」
「新年から泉見れて嬉しかったなぁ」
「俺は新年一発目に雑なメッセージだけ送ってきた薄情な彼女のせいで、その後気分下げられたんだけど」
 顔がひきつった。なんとか泉が喜びそうな話題がないか頭を働かせる。
「えっと……そう! お母さんとライブ見てたんだけど、泉のことかっこいいって言ってた」
「……へぇ。それで?」
 少し声の調子が上がったのが分かる。悪くない反応だった。ならばあともうひと押し。
「私には勿体ないくらい素敵な彼氏だってさ。気に入られてるみたいだよ」
 そう言えば、少々きつめだった彼の腕の力はあっさり抜け、にんまりとした笑顔と対面した。彼女の親に好印象を持たれることは、泉でも気分良いものらしい。
「あんたのママよく分かってるじゃん。まあ、名前と上手くやれるのなんて俺ぐらいしかいないからねぇ。仕方ないからちゃんと最後まで面倒見てあげる」
「わー、うれしいなー」
 上機嫌をいただけてよかった。ちなみに母からはもう一言、「顔の好みは凛月君かな」というお言葉を頂戴したが、言わないでおいた方が無難だろう。
「名前、休みいつまで?」
「明日まで。仕事始めが1月4日だから。泉は?」
「1月5日まで休み。ただ次のライブの振り起こししておきたいから、昼間はレッスンルームに行くつもり」
「そっか。それ以外はフリー?」
「一応……なに、嬉しそうにしちゃって」
 そんなに分かりやすく顔に出ていただろうか。嬉しいのは事実なので仕方のないことだけれど。
 実家ではわちゃわちゃしていて気を紛らわせることができたが、結局はいつでも彼を想っていた。それこそ年末忙しさですれ違っていた時もあわせれば一ヶ月じゃ足りないほど。だから泉と二人でこの部屋にいることで、やっと日常が戻ってきた気がする。
「そうだ、部屋の掃除しておいてくれたよね。ありがとう」
「どういたしまして。でも買い物はまだ行ってないから、食べるもの何もないよ」
「なら私、これから買い出し行ってこようか?」
 そろそろこのソファーに乗り出すような、微妙な膝立ちの体勢がきつくなってきたところだった。離してもらう言い訳に都合が良い。しかしそう言ってみたものの、彼は動く気配を見せなかった。
「……そろそろ離してくれない?」
「まだ充電足りてないからダメ」
「あとどのくらい必要?」
「それは名前の努力次第だよねぇ」
 離れるどころか彼の唇は私の首筋へ、手は服の下へと怪しい動きを始めた。どうやら買い物に行くのは後になりそうだ。まあ私も彼が足りていなかったからちょうど良いか。でもその前に。
「泉、ちょっと待って」
 空気を読めと目で言われているが、今伝えておかなければ、呑まれた後ではきっと忘れてしまう。新しい年を二人で過ごすための大切な挨拶を。
「今年もよろしく」
 貴方と一緒なら、きっとまた幸せな一年が待っている。
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