恋は思案の外

 店員さんに本日のドルチェセット2つを頼んだところで、テーブルに広げていたメニューを元の位置に戻した。私はタルトタタン、彼はモンブラン。わざわざ別のケーキを頼むのは、互いに頼んだデザートを一口交換するため。
 先ほど買ったばかりのパンフレットを取り出す。二人で映画を観に行った後は、喫茶店に入ってその映画について語り合うのが恒例となっている。
「今日の映画、すごく良かったよね!これなら原作見てた人も納得できると思う!」
「そうねェ。原作をどうまとめるのか心配だったけれど、名シーンを自然な流れで組み込んで再編集されててとても見やすかったし…なにより主演の男の子が可愛かったわァ」
 向かいで少し染めた頬に手をあてる美形の彼、鳴上嵐は今人気のアイドルグループKnightsのメンバーである。そんな彼とただの大学生な私が何故映画に行って、さらにはその感想を喫茶店で語り合っているかといえばその出会いも映画であった。
 私の趣味は映画鑑賞で、暇さえあれば映画館へ足を運ぶ。とくに好きなのが恋愛映画。何歳になっても憧れてしまうそれは、私という人間を形作るものの一つと言っても過言ではない。それ程に好き。そしてその映画に毎回感情移入してしまう私は、涙腺がゆるいものだから映画行くならハンカチ必須となる。
 しかしその日、必需品であるハンカチを忘れてしまった。案の定終盤でボロ泣きをしてしまい、このままではスクリーンを出たときに貞子もビックリ顔面洪水女になってしまう…という窮地を救ってくれたのが嵐ちゃんだった。たまたま私の隣の席に座っていた嵐ちゃんはさっとハンカチを差し出してくれた。さすがに濡れたハンカチを返すわけにもいかず、代わりのハンカチをどこかで買おうと申し出たところ「せっかくだし、ちょっとお茶に付き合ってくれないかしら?」と誘われたことがきっかけ。
 恋愛映画好きという共通点から話があって連絡先を交換し、こうやって時間が合えば映画やショッピングに行くようになった。嵐ちゃんの性格も相まって、女友達と遊びに行く感覚に近いからか居心地の良い関係性。気付けば私の大切な友達になっていた。
「ヒロインに出会った瞬間の、今恋に落ちましたっていう表情と演出がもうすごいときめいた!」
「あの時の男の子の顔、最高だったわよね〜」
 今日の映画は少女漫画原作の実写映画。今まで恋をしたことがなかった少年が大学の講義でたまたま隣になった女の子に恋に落ちるという話だった。自分とたいして歳の差のない彼らの恋模様にすっかりと浸ってしまう。
「…なんか、恋したくなっちゃった」
「映画見る度に言ってるわねェ」
「だってこう…良い恋したいなーってなるじゃん。私もときめきたい!」
「最近恋してないの?」
 恋か。付き合った経験はあるが、それを私の憧れの恋と言っていいのかどうか。
「友達の延長線上みたいなやつばっかだったから…ずっと友達だと思ってたのに、いきなり今日から恋人ですって言われても簡単に恋愛対象に切り替わるものじゃなくない?だから映画みたいなドキドキはないよね」
「そういうものかしら…」
「嵐ちゃんは?やっぱり椚さん?」
「椚センセェはかっこいいわよね〜」
あまり詳しくは知らないが、度々話題にあがる椚さんは嵐ちゃんにとって特別な人らしい。分かりやすく嬉しそうな顔に、少し羨ましさを憶える。
「…いいな」
「恋は良いわよ〜。あなたも難しく考えすぎないで、もっと本能的になってみれば?」
「本能的にねえ…」
 幼い頃から少女漫画やロマンスノベルで育った私にとって恋愛は宝石箱で、キラキラがいっぱい詰まっているものだと思っていた。今日の映画みたいに運命的な出会いがあって、一目見た瞬間恋に落ちるなんて。相手のことを思ってドキドキしたり、もどかしい思いをしたり。でも歳を重ねるにつれ、それが現実ではないことが分かってくる。
 恋愛映画が好きなくせに、心では現実であり得ないなんて思ってしまう私は相当なひねくれものであることは分かっている。
「やっぱり恋って夢の世界って感じがするんだよね。今じゃ地に足がついちゃってるというか」
「やだ、可愛くないわ。何歳になったって心が乙女ならいつでも恋は出来るのよォ?」
「一目見て恋に落ちるとかもドラマとしては好きだけど、現実で中身知らないのに好きになる?って思っちゃうし。知ったら思ってたのと違うとか…なりそうじゃない?」
 自分で言ってて確かに可愛くないと思う。しかし憧れと現実は違うのだからしょうがない。でもそんな私のひねくれた考えは彼によって一蹴される。
「そんなことないわよォ」
「そう?」
「アタシ、一目惚れしたことあるもの」
「椚さんに?」
「椚センセェじゃなくて」
「え!何それ初耳!いつ?どこで?誰に?」
 嵐ちゃんから椚さん以外の恋バナが出るなんて珍しい。というより初めてではないか。驚いて少し立ち上がりかけたせいで、ぶつかったテーブル上のグラスの水が揺れる。幸いこぼれはしなかったが、思わず確認するようにグラスを手に取った。
「ウフフ、仕方ないわね。恋に恋する名前ちゃんに、特別に教えてあげるわァ」
そう言った嵐ちゃんの眼差しは優しくて、関係ないはずなのに何故かキュンとしてしまった。そんな表情が出来る彼が私には眩しい。
「前にね、休みがとれたから凛月ちゃんが出演していた映画を観に行ったの。ラストシーン辺りだったかしら。たまたま隣の席に座ってた女の子が感動しちゃったみたいで、泣いててねェ」
 そういえば私が初めて嵐ちゃんと会ったときに観ていた映画も凛月さんが出ていたな、なんて思い出す。あれも本当に感動的な話だった。
「そんな見るからに分かる感じでもなかったんだけど、流石に隣のアタシは気づいちゃって。でもハンカチがなかったみたい。手で必死に拭いながら声を抑えていて…それが何だが意地らしくてねェ。だからハンカチを差し出して声をかけたの。それで目があった瞬間ね、思ったわ」
 聞いたことのある、いや身に覚えがあるシチュエーション。さすがの私も気付く。これはおそらく。
「あ、アタシこの子のこと好きになるだろうなって」
それは私が憧れる、恋をしている人の顔だった。
「案の定、今じゃすっかりベタ惚れ」
 彼の手がそっと重なる。冷たいグラスを握っていたせいで奪われてしまっていた手の温度に、再び熱が戻っていく。それはきっと分け与えられた体温のせいだけではない。
「一目惚れも、意外に侮れないと思わない?」
 友達にドキドキするはずがないなんて、どの口が言っていたのか。この胸の動悸は映画のものでも、嵐ちゃんを羨むものでもなくて。確かに自分から生まれたものだった。
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