Your special day

「誕生日何が欲しいですか?」
「…今日が何月何日か言ってみな」
「11月2日、泉さんの誕生日ですね」
 そう。悪びれた様子もない名前の言うとおり、今日は11月2日。瀬名泉の誕生日である。しかし誕生日といっても泉の仕事が休みになるわけではない。いつも通り朝から撮影やら取材やらで忙しく過ごし、今日も遅めの帰宅だった。少し違うといえば、各現場でケーキやプレゼントが用意されていたことか。それ自体もここ1週間前くらいからどこの現場でも行われていたことなので慣れたものだった。ケーキのカロリーを考えると泉は少し頭を抱えたが、付き合いも仕事なので一口はいただいて後はスタッフの皆さんへと差し上げた。
 そんな、言ってはおかしな話だが1週間程の誕生日期間を過ごし、その最後の最後がこれだ。昨日の会話からして忘れられていたことは分かっていたけれど。玄関で泉を出迎えた彼女は申し訳程度に手を合わせて謝罪の形をとる。
「一生懸命考えてたんですけど、思い付かなくて…まあ、あれです。今日一日泉さんのことをずっと考えてた訳ですし、許してください」
「図々しい」
 あざとくも上目遣いで謝る彼女。泉は思わず許しそうになるが、その額にデコピンしてやることで何とかこらえた。この行為が計算でないことが名前のずるいところだ。もちろんそれが効くのが自分だけであることは重々承知している。
「私ってのも考えたんですけど、お父さんに聞いてみたらまだ許さないって言っていたのでもう少し待ってくださいね」
「何勝手に聞いてくれちゃってるのぉ!?」
 まだきちんと挨拶できていないのに、変なイメージを与えないでほしい。いつかの顔合わせを想像すると、泉はこめかみをおさえた。
「別に欲しいものなんて…」
「物じゃなくても、して欲しいこととか…何でも言っていいんですよ」
「何でも?」
「…できる範囲で」
 どうしようか。正直、いきなり言われたところで困る。欲しいものはたいてい自分で買えるし、して欲しいことと言われても…思い付かないこともないがたぶんこの雰囲気とは場違いなので止めておく。
 ならば、泉の答えは決まっていた。
「今日残りのあんたの時間、俺にちょうだい」
「時間ですか?」
「そう。今から11月2日が終わるまで」
「具体的に何をすれば?」
「一緒に夕飯食べて、風呂入って、寝る」
「…わりといつも通りじゃないですか?」
「そんなことないよぉ。少なくともあんたの行動権は俺のもの。自由意思はないからねぇ」
 そう言ってやれば、どうやら邪なことを考えていると思われたらしい。彼女は泉を警戒して少し距離を取る。大袈裟に言ったのも悪いとは思うが、そういうことだと受けとる方もどうなのか。しかしせっかくの誕生日、この距離のまま終わってしまったらたまらない。
「ただ俺と一緒にいてくれるだけでいいから」
「…本当にそれだけで良いんですか?」
 泉にしてみれば本心からの言葉。しかしこれはこれで腑に落ちていないらしい。どうせ考えていることの一割も分かっていないのだろうと泉は思う。そうやって自分のことで悩む姿を見ているのも一興であるが、いつまでも玄関で突っ立っているわけにもいかない。靴を脱いで中にあがり、悩ませる彼女の頭を軽く撫でてその横を通り過ぎる。
 家に入った瞬間から食欲のそそる良い香りがしていたから、いつもより豪勢な食事が用意されているはず。何もないわけではない。それでも夕飯がプレゼントと言わないところが彼女らしいというか。リビングへのドアに手を掛けようとすれば、背中への軽い衝撃とともに泉の体に華奢な腕が回った。
「ごめんなさい」
 顔を背中に押し付けられているので、振り返ってもその表情を確認することはできない。ただ、いつもより弱々しい声が直接伝わる。
「私、泉さんのことこんなに好きなのに。泉さんが欲しいもの全然分からなくて…」
「俺のこと好きなのに誕生日忘れてたんだ?」
「……」
 反射的に意地悪な言葉が出るのは、もはや泉の癖なので仕方ない。それに忘れていたことは事実であるし。一つ溜め息ついてから、体を反転させて彼女と向き合う。目を伏せて落ち込む姿はいつもと違って可愛げがあるが、今日見たい表情はそれではない。その小さな体を抱き締めてやれば、またごめんなさいなんて言葉が聞こえた。
「本当…ばかだよねぇ」
 名前からのプレゼントを期待していたかと問われれば否定できない。でも別にそんな凝ったものだとか高価なものが欲しいわけではなかった。今日一日自分のことを考えて頭を悩ませてくれた。泉にとってはそれだけで十分嬉しいことだった。むしろずっと自分のことだけを考えていればいいのになんて。重いという自覚があるから言わないけれど。あえて不満を言うのなら、忘れられていたこと。その一点か。
 誕生日は一年に一度で、確かに特別な日。けれど、どうでもいい会話をして、おやすみを言い合って、朝目が覚めれば名前がいる。その当たり前で普通で幸せな毎日が何よりも特別だから。誕生日という特別な日も彼女がいるだけで、もっと特別な日になる。だからもう十分満たされている。
 それを伝えてしまっても良いのだが、今ここであえて言わないのは忘れていたことへのお返しということで。
「来年は頑張ります」
「ん…楽しみにしてる」
 こうやって来年の約束一つで唯一の不満すら消え去ってしまうのだから、自分は案外安上がりなのかもしれない。泉はそんなことを思いながら愛おしい彼女の額にキスを落とした。
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