乙夜のキス | ナノ

乙夜のキス



突然、その緑の瞳に見つめられ、そしてゆっくり迫ってくる顔。後ろは壁、両脇は手で遮られており身体は壁に貼り付けられるように押さえこまれている。

「逃げられないよ」

うっすら微笑んで彼は、酷く優しく甘い緑の瞳を向けてきた。その見つめられた緑の瞳に、何故か吸い込まれるように惹かれて目線を反らす事ができない。ぎらぎら発光したそれは、人生でかつてないほど美しい色彩を放っていた。
抗えない。

緑の瞳がだんだんと瞼によって隠れていく。長く細い艶やかな睫毛に魅せられて、純粋に綺麗だと思った。
そして段々と迫ってくるその長い睫毛が擽ったいと感じた時、柔らかな唇を重ねられている事に気がついた。
後頭部が壁にぶつかる。その濃厚な口付けは、唇を離さず何度も角度を変えて施される。噛み付かれるように鋭く、それでも慈しむように優しい。こじ開けられた口内は砂糖を口に含んでいる時よりも甘美であった。

いつの間にか俺を夢中にさせた口付けを施した唇が銀色の艶めく糸を引いてそっと離される頃には、肩で息をしていた。
頬も熱を持って火照っており、視界が涙で潤ってぼやける。

「ふふっ、夢中になってたね」

至近距離で彼が微笑む。右手で左頬を優しく撫でられて、その手で瞳に溜まった雫を拭われる。


ヒロトの蕩けてしまいそうなくらい上手なキスで全身の力が抜けてしまった。立っているのがやっとで、押さえ付けられた壁に寄り掛かってその目の前の彼に見つめられる。

「その表情、すごくそそる」
「ヒロトが、こんなことするから…」
「でも、よかったでしょ?」
「そ、れは…」

思わず羞恥で目を反らし、聞かれた事に対して口篭る。

確かによかった。
ヒロトに施された口内が未だ甘くほのかに熱を帯びていて、唇はじんじんとするくらいその甘さに浸っているのがその証拠だ。

それでも恥ずかしさが勝る。
そんな事、言える訳がない。


俯き加減の俺の頭を優しく撫でる手の感触。そのまま壁に寄り掛かっている頭を抱かれ、ヒロトの胸に押し付けられた。
そのまま力強く抱きしめられて、体重を預けた。

なんだかとても、幸せに満ち溢れた気分に浸る。彼に口付けられた事によるこの甘さと倦怠感を、いつまでも味わっていたい、そうぼんやりと考えて笑みが零れた。
鼻をヒロトの匂いが掠めて、あぁこれが、幸せというものなんだ、と充実感に溺れる自分は、当分彼のキスに敵う事はないだろう。




乙夜のキス


(それは、俺を幸せに満たしてくれる上手なキス)












end









*****

抹茶の君に恋した(主催している企画)に提出したものです。

ヒロトのキスが上手すぎてリュウジが流されっぱなしの文でした。
最後に残ったお題だった為にやっぱり難しくて、ヒロトはデキる男って感じのニュアンスで無理矢理お題に繋げました。強引さは否めないです。
でも、ただひたすらラブラブいちゃいちゃしている二人を書いたのは楽しかったのでいいかな、と。
世宇子な方々に紛れて主催者がこんなお粗末な文で申し訳ないです…。



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