dolce log&take | ナノ
基緑短編集01
1日1文にて書いたもの総集編。
恋愛容量限界
胸が押し潰されそうで、張り裂けそうで、脈が速くなって、顔が赤くなり火照って、それでいて気分が悪くなる訳でなくむしろ変に心地がよくて、甘酸っぱくて切なくなる。 俺はこんな事を今まで感じた事がなかった。だからよく解らない。一体この身体異常は何なのだろう。病気なのだろうか?
目が合っただけなのに、近くにいるだけなのに、話しただけなのに、少し触れられただけなのに、この身体異常が起こる。 いちいちドキドキと心臓がうるさい。
「…どうしてだか、俺は知ってるよ」
俺の話を聞いて、そう言って微笑みを向けた。胸がきゅ、と締め付けられる。痛くないけれど、息苦しいのに、甘い。
「教えてあげてもいいけど、後悔しないでね」
悪戯っぽくぎらぎら光る碧の瞳に見据えられて、その瞳に全てを吸い込まれそうな感覚に陥った。近付かれて、何だかわからないけれど容量限界の俺はきゅっと目を瞑って耳まで赤くして。 そっと右耳に囁かれた優しい声に、全神経が向く。
「それは、緑川が俺を好きだからだよ」
恋愛容量限界
(その身体異常は、キャパシティー越えによる不協和音)
*****
イメージチェンジ!
それは雷門中監督が俺を呼び出した指定の日の朝。同じく呼び出されたヒロトと一緒に雷門中へ向かう事になっている。
「おはよーヒロトって…あれ?」 洗面所で髪を結ぶのに悪戦苦闘している所に現れたヒロトに、朝の挨拶をする。鏡に映った俺の後ろのヒロトを見て、その異変に気付く。
「…髪、切った?」
そう言って振り返る。 昨日の夜見た時は余裕で肩についていた髪の毛は後ろの部分が少しつく程度で、耳の上辺りの髪はちょこんと撥ねていた。 「昨日の夜にね。この方がいいでしょ?」 ポイントはここの撥ねてる部分なんだ、と鏡を見ながら毛先を指で弄って言うヒロトに、思わず頬を緩める。 「うん、いいと思う、その髪型」 なんだか切る前よりも穏やかな雰囲気が出ている感じがする。 「よかった、これで円堂くんに会う準備は完了だ」 そう言ってヒロトは満足そうに鏡から身を引いた。
「そういえば…緑川も髪、伸びたね」 いつも結んでるから気付かなかったなぁ、と背中の一番長い部分の髪を触られた。 「そう…かなぁ」 自分では気付かなかった。別に伸ばしている訳じゃないけれど、ヒロトがふと「綺麗…」と零したのを聞いて嬉しくなる。 「レーゼやる時にちょっと切っちゃったからね」 伸びてよかった、と髪をあげてくれた。ヒロトが後頭部を整え、俺が前を櫛で解かすと、ようやくひとつのゴムの中におさまった。 「できたー!ありがとう」 毎日結んでいても不器用が手伝ってなかできないポニーテールを、今日はさほど時間をかけずに結わえた。
じゃあ、そろそろ出発しようか。
そう声をかけられて準備した荷物が置いてある玄関に向かった。
*****
「好き」と「嫌い」の上手な使い方
「好きだよ、緑川」
また始まった。恋人同士になってからヒロトは何かにつけてそう俺に囁いてくる。最初はそう言われるのが恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら、恥ずかしいからやめてと講義したけれど、それは余計ヒロトに言わせる原因だとだんだん解ってきて、扱いがわかるようになる。 「うん」 「好きだよ」 後ろから抱きしめられて耳許で囁く。 「大好き。緑川が大好き」 「はいはい」 耳を甘噛みされる。 「好き、大好き」 頬と頬がくっついて。 「大好きだよ、自分でもわからないくらい」 内心は嬉しい。とても嬉しい。そうやって愛を囁いてくれる事は俺の心の支えになる。俺もヒロトが大好きだから。胸が高鳴ってるけど、それでも平常心を保つ。 ヒロトは俺の肩に頭を預ける。 「緑川、大好き」
そうしてしばらく経ち、いつもの様にヒロトが名残惜しそうに離れていく。
「緑川、嫌い」
「うんうん…っえ……?」 去り際にヒロトが言った言葉がいつもと違う事に驚く。 「緑川の反応つまらない、嫌い」 そう言って去る背中を、ソファから立ち上がって追い掛ける。 「…待って、ヒロト」 声をかけても振り返ってくれない。それは本心?不安が内に広がる。 ヒロトに追いつけてその背中を思いっきり抱きしめる。ヒロトは歩みを止めてくれた。
「俺も…ヒロトがす、好き、大好き」
さっきまでヒロトが俺にたくさんくれていた言葉は、こんなに勇気を振り絞らなければ出てこないなんて。自分の不甲斐なさにますます不安が募る。 「だいっ…すき」 その言葉を俺が言ったと同時に振り向くヒロト。耳まで羞恥の色に染まっているのを完全に見られてしまう。
「ふふっ、嘘だよ。そんな必死に追い掛けて来て顔を赤くして可愛い事を言う緑川が、俺は…」
(好きだよ)
やっぱり君には敵わない
*****
伝わらない、
大好き、愛してる
そんな陳腐でありきたりな言葉でしかこの感情を表現できないなんて、なんてもどかしいんだろう。この感情を伝えるには、どこの国のどんな言語を使えば君に全て伝えることができるだろう。 少なくとも、俺の母国語である日本語はその二つが愛を囁く言葉だけれど、それじゃあ物足りな過ぎる。この感情を全部伝えるには、あまりにも端的で安っぽい言葉。
俺の気持ちは、そんなんじゃない。
どんな金属をも熔かしてしまいそうな程熱くて、どんな甘い砂糖よりも甘美で、どんな有名な美術作品よりも美しくて、宝石よりも綺麗で、そしてどんな醜いものよりも汚い。 その一物を、純粋無垢な君にどうすれば理解してもらえるだろうか。
こんなにも君を愛しているのに、こんなにも求めているのに、こんなにも苦しいのに、
(君は知らずに平常心、なんて)
「言語って難しいね、緑川」
歩く度にポニーテールが揺れる背中を向ける君に、そうっと囁いた。
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