dolce log&take | ナノ



円風短編集

1日1文にて書いたもの総集編。





独占欲



碧罹った深い蒼は透き通るように指を摺り抜けてゆく。一本一本が透明感と艶を持ち合わせるそのさらさらな髪を、俺は指に絡ませて梳いていた。こんな綺麗な髪を持っていて更に顔も女子に見えるくらい可愛いのに、性格はいかにもと言えるくらい、世話好きで頼りになってしっかりしていて、さっぱりした男だ。
髪を結い上げているその赤いヘアゴムをゆっくり優しく解くと、ヘアゴムに絡み付いていた毛一本一本がするりと宙を軽やかに舞うように滑り落ち、そのまま肩や背中に落ち着く。
「おい円堂、結ぶの案外大変なんだぞ」
文句を言いつつも、いつも俺が髪を触る事を止めさせようとしないし、ヘアゴムを取ろうとするのを分かってて止めない。そんな風丸は笑っていた。
「だって風丸の髪、さわり心地よくってさ」
触りたくなるんだよな、と言いながら毛先を人差し指に絡めて親指でそっと撫でる。艶めくそれは指に絡めても重力に順応だった。
「お前じゃなかったら、…」
風丸は言いかけて、やめた。言葉の続きを知りたかったから「俺じゃなかったら?」と催促する。
「…触らせたくないな…って思って」
「髪を?」
「ああ」
そっか、と返事をして、重力に順応なその髪に頬をすり付ける。そして背中にもたれかかるように後ろから抱きしめる。

この髪は俺だけのもの。





*****



ひとめぐり



枝は花を咲かせ、風は枝を揺らし、花は花びらを落とし、風は花びらを舞わせ、地面は花びらを受け止め、花びらはゆっくり着地する。それがたくさん集まると花吹雪になる。咲くだけでなく散る時も幻想的な花など、桜の右に出るものはない。
その桜吹雪で地面に落ちた花びらを踏みながら、桜並木を二人歩く。
「もう何回目になるんだろうな…」
風に吹かれるままにさらさら揺れる髪を高い位置に結い上げた風丸は、ふとそう呟く。
「何がだ?」
「お前と見る桜」
サッカーボールを右手に抱えて歩く円堂に、風丸は薄く微笑んで答えた。
「うーん、何回だろうな。お前とはずっと一緒だしな」
「俺もわからないくらい、ずっと一緒だったって事か…」
桜を見て、季節がひとめぐりしてまた桜を眺める。それをどのくらい積み重ねたのだろうか。地球の歴史に比べればとてもごく僅かな時間だけれども、二人にとっては積み重ねてきた大切な時間である。
「そもそも、俺達いつから一緒だったんだ?」
「小学校入学前だったのは確かだけど…気が付いたら一緒に遊んでたな、お前のサッカーに巻き込まれて」
懐かしい思い出が蘇る。近所の同年代の子達を集めてサッカーをしていた円堂は、家の近い風丸も巻き込んた。
「だって皆サッカー知らないって言うから、俺が楽しいサッカーを教えたんだ」
「変わらないな、円堂は」
季節が何回巡っても変わらない幼馴染みに、思わず笑みを零す風丸。結い上げた髪にひとつ、桜の花びらがひらひらと落ちる。それに気付いた円堂は、左手にサッカーボールを持ち直してその花びらにそっと降れ、払う。
「ありがとう、円堂」
お礼を言い微笑むと、お礼なんていいってと笑顔を返される。

「来年も、その次も、ずうっとお前と、桜見たいなぁ」
なんの躊躇いもなく呟く円堂の言葉に、思わずどきりとする。でも本人に深い考えがない事くらい幼馴染みの風丸には解りきった事だった。
「全く、円堂お前、無自覚すぎるだろ…」
「え、何が?」
「いいや、なんでもないさ。ずっと一緒に桜、見よう」

桜の花がまた咲く頃、お前の隣は俺だといい。


桜、ひらひら、
季節がひとめぐり、ふためぐり、みつめぐり。
それでも変わらず毎年花を咲かせる桜と、変わらないお前と、変わらないお前への気持ち。





*****



親友が恋人に変わる瞬間



俺たちはキスをしてしまった。

恋人同士ではないのに、友達なのに、親友なのに、幼馴染みなのに、

男同士なのに。


名残惜しそうにゆっくりと離れていく。その唇と俺の唇とが光を受けてぎらぎらと反射する細い糸で繋がっていた。それを舌でぺろりと舐めとられて、すごく恥ずかしくなる。
瞳は蕩けそうな程瞼が座り、頬はやんわりと触れられた箇所だけ異様に熱を持つ。唇と舌は熔けてしまいそうな程甘く優しいお前の熱に侵されていた。

もう、親友には戻れねぇな、

そう言ってお前は目を細めて笑う。そしていきなり両手を掴まれ、両の手で包み込まれた。伝わってくるのは少し汗ばんだ、緊張を表す掌の熱。

風丸、俺の恋人になってくれ、

確かにそう言った目の前の幼馴染みは、珍しく頬を赤く染め、でもそれでいて真っ直ぐな瞳を向けられる。
そんなの、断れる訳ないじゃないか。

熱を帯びてすっかり赤くなった顔を隠すように、胸に思いっきり飛び込む。鼻を擽るのは大好きな匂い。
俺の行動に驚くお前をぎゅうう、と力強く抱きしめて、

「喜んで」

そう伝えた。


胸の内は幸せでいっぱいだった。






menu