dolce text | ナノ



濡れた心を癒す術

捧げ物 / 白玉だんご様へ



すっかり日が暮れて暗くなってきた河川敷の土手。合宿所に姿が見当たらないその彼を探して、ここまで走ってきた。額にはうっすら汗が滲む。
橋が見えてきた辺りで何かの音を聞いた。それは橋に近づけば近づくほどよく聞こえてくる。音を探れば、河川敷のサッカーコートに誰かの人影が見えた。辺りが暗くなっていてシルエットくらいしか確認出来ないが、後ろにひとつに束ねた髪を揺らす姿を見て彼だと確信する。

電灯の下まで来て、俺はその人影に向かって声をかける。

「ここにいたんだね」

肩で息をした彼は俺の声に気付くと、頬の汗を手の甲で拭いながらこちらを見る。彼の周りには沢山のサッカーボールが転がっていた。

「…ヒロト……」

電灯の光が僅かに届くこちらの方を向いてくれたお陰で、ようやく彼の表情をぼんやりとだが確認することができた。

「こんな時間まで、一体何をしてるんだい?」

出来るだけ優しく柔らかく口にした言葉は、彼の表情を微かに曇らせた。

「…別に…練習がしたかっただけで…」

こちらを見上げていた顔を反らして俯いた。表情は周りが暗くてよく見えない。

「合宿所のコートを使わないで、わざわざこんな所で?」

そう問うが彼は俯いたまま押し黙る。


「…誰にも見られたくないからだよね、練習を」
「………」
「うまく行かない自分に腹が立って、そんな無様な姿を見られたくないから」
「………」
「周りがどんどん進化するから、焦って練習して「…そうだよ!!」

言いかけた言葉を、橋に響く程の叫び声で遮られる。
やっと口を開いてくれた。強引だったけれど彼の胸の内を聞かない事にはどうにもならない。口を割ってくれれば俺に出来ることがあるかもしれない、そう思った。

「…そうだよ、言う通りだよ。皆が強くなってる中で、オレは弱いままだ。全然思い通りに行かない。練習をいくらしても皆に追い付かない…」

声がいつもの明るい声とは違い、よりワントーン低く、そして呟くほどの小さい声だった。それでも周りが夜の静寂を保っていた為に十分聞き取ることはできた。俺は口で軽く息を吸い、その空気を出来るだけ柔らかく声に変えて放つ。


「…リュウジは、強いよ」


「…え、っ…?」

喉奥からゆっくりと言葉にした声は、いつもより落ち着きのある低い声になった。電灯の元を離れて、驚きの声をあげた暗い闇の中にいる彼の元へ歩みを進める。

「きみは強いよ」

もう一度同じ言葉を口にする。彼の前まで来て立ち止まり、真正面で向き合う形になる。

「俺は全部、知ってる」

きみが影で練習を欠かさなかった事、毎日ボールを蹴っていた事、努力を惜しまない事、どんなにきつくても皆の前では明るく振る舞っていた事、最近調子が出なくて無理な練習をしている事。
実は、過去に学校を破壊した事をずっと悔やんでいたり、その事を気にして心から皆に上手く馴染めていなかったり、そんな過去はあっても認めてもらいたいから必死に練習していたり、きみは努力を怠らない。
俺はひとつひとつ語りかける。

「…結果が出なければ全部意味がない…」
「本当に、そう思う?」

彼の両肩に手を乗せて顔を覗く。だけれど、なかなか目を合わせてくれない。

「俺は……そう思わないよ」

耳許で小さく囁く。すると俯いていた顔を上げてこちらを伺うようして、目が合う。その表情は、下唇に力を入れて今にも涙が流れるのを堪えているようだった。

「…ほん、とうに……?」


「きみは、もっと自分を信じていいと思うよ」

僕がそう声をかけると、涙を溜めた瞳からひとつぶ、ふたつぶ、とぽろぽろと滴を落とす。
とても綺麗な雫だった。
切れ長なのに大きい瞳から流れ出て、血色のよいほんのり桃色の頬をゆっくり伝ってゆくその涙を、俺は右手で拭う。
そして両手を大きく広げて迎えれば思いきり胸に飛び込んできた。俺のジャージを握り締めて、声を上げて泣き始める。胸に強く押し当てられた顔をそっと両手で包み込むように、頭にそっと触れて抱き寄せる。左の掌で背中を優しく摩り、頭上に近い掌で頭を撫でる。ひとつに結った髪が擽ったく腕を掠めた。


今まで泣くに泣けなかったんだろう、彼は今までの分全ての涙を流すが如く泣き続けた。時々涙を流したまま赤くなった目をこちらに上目使いでちらちらと向けてくる。微笑んで返せば少し安心したようで、その安心でまた涙を流し俺の中に顔を埋めた。そしてまた俺は彼の頭を優しく包み込む。



「泣いたら、何だかすっきりした…」

河川敷の草むらに二人座り、夜空と星の瞬く姿を水面に映す川を眺める。

「リュウジみたいな頑張り屋は、泣きたくなったら泣けばいいんだ」

彼の涙で濡れたジャージの前のチャックを開ける。ジャージだから直ぐに乾くだろうね。

結局散々涙を流して泣き終えた彼は、俺の濡れたジャージを見て「申し訳ない」と赤い目をして必死に謝ってきたけれど、俺にはどうでもいいことだった。彼を迎え入れたのは俺がしたことだし、何よりもリュウジの気持ちが晴れてよかった、と思った。それを伝えると、目だけじゃなく顔や耳まで赤くして、言葉になってない言葉で今度は俯いてお礼を言われた。それがまたどうしようもなく可愛いらしくて、思わず隠れて笑ってしまった。
そして赤い目のままで帰るのは嫌だと、しばらく星を眺める事にした。


「敵を知り己を知らば百戦危うからず、か…」

ぽつんと彼が零す。きっと彼は、敵を知っていても己を知らなかったからうまくいかなかったと言いたいんだろう。諺を引用するなんてリュウジらしい。

「練習付き合ってあげるし、もしそれで泣きたい時に泣けないなら、俺がまた泣かせてあげるよ」

そう満面の笑みで言って立ち上がり、ジャージについた草を軽く払う。ほら、と彼の前に手を差し出せば少し驚いた表情を見せ、そして微笑む。

「…ありがとう、ヒロト」











end









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元ネタ画像はこちら


拍手文に次いで基緑でした。基緑大好きだぜ(^q^)
アニイレ76話見て基緑たぎった結果です。いや3期OPからたぎってました。

白玉先輩のその放送の日の日記を覗きに行ったら実に素敵な基緑絵がupされており、そしてこの小説の元ネタにさせていただきました。
ただリュウジを泣かせたかったのと、ヒロトに「また泣かせてあげる」と言わせたかっただけです←
あと、ヒロトにはリュウジと読んでもらいたかったのでそう呼ばせました。だって緑川とか…ヒロトって呼ばれたのに緑川はないでしょ←

白玉せんぱいに一方的に押し付ける形で捧げます。押し付けとか本当にすみません…期待されている様な完成度の物ではないですが、少しでも喜んでいただければ幸いです。

白玉だんご様のみお持ち帰り可。



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