dolce text | ナノ



あんなに遠かったきみが、今はほら、こんなにも近い

グラレゼ(&基緑)祭 / No.4



*基緑っぽいグラレゼ
*二期終了後くらい

















薄暗い部屋に無機質な真っ白い天井。鼻を掠めたのは消毒液の匂いばかり。重たいカーテンが窓に張り付くように光を遮っていた。
重い瞼をゆっくり開けると、そこはただひたすら“無”が広がったような世界。しんと静まり返ったこの四角い部屋は、時が止まっているかのようだ。

身体を動かそうと思っても、まるで動かし方を忘れてしまったように体が重い。真っ白な清潔なベッドに寝かされた自分の体の至る所に針やら管やらが通されたり巻き付けられたりしていて、気持ち悪い。

そして真っ白なのはベッドだけではなかった。
どうしてここにいるのかも、どうしてここに寝かされているのかも分からない。それどころか、そもそも“自分”が何者かすらわからないのだ。
思い出そうとしても、まるでデータを失って壊れた電子機器のように、そしてこの四角い空間と同じように、ただ何も無い、真っ白い世界が果てしなく続いているのだ。


目が覚めて三度目の朝を迎えた日、少し濃いめの赤い髪で黄色くぎらぎらした瞳を携えた少年と、ふわふわと銀色の髪を靡かせる少年が二人でこの部屋に入ってきた。
晴矢と風介、何故か耳に馴染みやすい名前だと思った。何故だろう。
二人はオレの事を『レーゼ』や『リュウジ』と呼び、しきりにその『レーゼ』や『リュウジ』との思い出話をぺらぺらと喋り時に二人で言い争って、そして満足したように帰って行った。

どうして胸のうちがあたたかくなっていくのだろう。


そして翌日、今度は長くしなやかな黒髪と赤い瞳、少し高めの鼻と礼儀正しい口調の青年がを尋ねてきた。
砂木沼治だ、そう言ってゆっくり聞かされた彼の名前は、何故かとても懐かしいと思った。全く記憶に無いのに。
彼はオレの頭を優しく撫でながら『リュウジ』との思い出を楽しそうに語って、そして最後にそっと微笑んでこの部屋を後にした。

どうして胸が痛いんだろう。



そしてまた三度の朝が巡って来た日。

オレはこの無機質な部屋以外の世界を知らなかった。身体はいつの間にか動くようになっていたし、目覚めた頃につけられていたものは全て取り払われて、ただベッドの上だけで生活するオレは食事もそんなに口にしなかった。

自分は何者なんだろう。どうして何も思い出せないんだろう。
考えて解決するものではないのに、オレはそれを真っ白になった頭で思考をめぐらせては途方に暮れていた。

思い出せないのはきっと、忘れてしまいたかったからではないのだろうか。



そして日が傾いて窓から指す光が一層まぶしい夕刻のある時。

ドアをノックした音と共に、音が立たないスライド式のドアが開かれ、先日来た訪問者達とはまた違った少年がそっと入ってきた。
夕日に照らされたさらさらとした赤髪は鮮やかに艶めいていて、それと対称的に白い肌が綺麗だった。


「…どちら様、ですか?」

近づいてきた彼にオレがそう尋ねれば、深緑の瞳がとても寂しそうに揺らいで、それでもにこりと笑って初めて口を開いた。

「俺は…基山ヒロト」

彼はそう言うと一気に距離を詰めてきて、突然ベッドに上半身だけ起こした俺に正面からそっと抱きついてきた。あまりの唐突な彼の行動に成す術なく、そのまましっかり腕を回され動けなくなってしまった。
だが不思議と、抵抗しようなどと言う気は全く起こらなかった。むしろ、何故か心地よいとさえ感じるのだ。

「な、なにす…」



「ただいま、リュウジ」



彼はオレの首許に顔を埋めてそっとそう呟いた。「ただいま」とは、一体どういうことだろうか。

そしてそのまま、しばらくそのぬくもりを一頻り味わった頃、漸く腕が放された。彼はベッドの近くにあった椅子に腰掛けてふぅと一息つくと、今度は右手をそっと伸ばしてきて頬をそっと撫でられた。

「ごめんねリュウジ、遅くなって。辛かったでしょう?」
「…つら、い?」

「俺はお前にたくさんひどい事をしたし、ひどい事もさせてしまった。お前が罪を背負う事も無いし、お前が傷つく必要も無い」

「……罪…」

「お前は俺を許さなくてもいい。辛いなら思い出さなくてもいい」



「でもお前に帰ってきて欲しいんだ。俺だけじゃなくて、皆も望んでる」

だから帰っておいで、リュウジ。


だんだんと掠れていく彼の声。彼の表情を伺えば、白い頬にたった一筋、瞳から溢れた雫が伝っていた。


途端に、まるでデータを一気に流されて要領限界になりそうなくらいの事柄が脳内を駆け巡る。

怖い、思い出したくない。でも思い出したい。思い出したら壊れてしまいそう。でも、知りたい。
相反する想いと脳内を駆け巡る事柄がごちゃごちゃになって、頭が割れてしまいそうだ。

「うぅっ…あああああ…!」

頭がずきずきと痛み、瞳からは涙が溢れる。そんなオレの背中を優しく擦ってくれる手のあたたかさを感じた。

「大丈夫だから、大丈夫」

いつの間にか抱え込まれていた頭を彼の胸に押し付けて、オレは痛みに耐えながらゆっくりとその脳内を駆け巡る「記憶」をひとつずつ辿っていく。

親と思わしき人に暴力を振られた記憶、お日さま園に預けられた記憶、『ヒロト』と仲良くなった記憶、お父様の様子が変わって行った記憶、そして全ての元凶であるエイリア学園の記憶。

全て、嬉しい事も楽しかった事も哀しかった事も辛かった事も全部、ひとつずつゆっくりと、彼の優しい腕の中で思い出した。


オレが落ち着いた頃ゆっくりと離された腕の主の顔を見上げ、抑え切れない涙をぽろぽろと零したまま、

オレは満面の笑みを作った。





あんなに遠かったきみが、今はほら、こんなにも近い



「ただいま、ヒロト」

「リュウジ、おかえり」




(あぁやっと、帰って来れた)











end