dolce text | ナノ



二人で眺める星

グラレゼ(&基緑)祭 / No.1



少し冷たい夜風を頬に受けながら、その風によってさらさらと揺れる草木の心地よい音を聞いた。
太陽の光が当たらない時間帯の空は果てしない闇に包まれていて、そこに誰かがばら撒いたように星が各々光を放っている。

草むらに腰を下ろして夜空を見上げれば、その星の儚く弱々しく、でもとても綺麗な様子に思わず感嘆の溜め息を零てしまうほどだった。
ここから羨望できる星は、都会で見るのと比べて数が多くはっきり見える気がする。もっとも、普段あまり星なんか眺める機会はないけれど。





「星を眺めないかい?」

そうヒロトに言われて頷いたオレが、彼に手を引かれるがままに着いたのはここ、テントから少し離れた草むら。皆が和気藹々と騒ぐ声から少し離れ、少し木の影になっている所まで来てオレ達は二人きり、木に寄り掛かって星を眺めているのだ。


「前来た時も、ここで皆と星を眺めたんだよね…」

視線は夜空に向けたまま、そう呟いたヒロトの言葉に驚いてそちらを向けば、酷く優しくどこか憂いを帯びた横顔と、愛おしむような視線。

「…そう、なの?」

「緑川は覚えてないの?」


今度はこちらに深緑の双眸を向け少し驚いた様子で瞬きをし、尋ねられた。

完全に覚えていない訳ではない。
確かに昔、お父様がお日さま園の皆をこの場所に連れて来てくれて、今日みたいにテントをいくつも張って、木を集め火を熾しご飯を炊いて、カレーを作って皆で食べて…。
殆ど瞳子さんがやっていたけれど、危なっかしい手つきのオレ達にもやらせてくれて、どれも初めての経験で楽しかったのが朧げだが記憶にある。
ただ違うのは、今日はお父様が来てない事。

でも星を眺めた事は、残念だけど思い出せなかった。

「…うん、ごめん…」
「まだ小さかったから無理もないよ」
「でも、ヒロトはよく覚えてるよな」
「…うん、」

さわさわ、とまた心地よい音を立てて揺れる草木。先程よりも冷たさが少し増したように感じる夜風は頬を掠め、月に照らされて神秘的に光る赤い髪もそっと揺らした。もちろんオレの前髪や後ろに束ねた髪の毛先も。



再び暗闇に散りばめられた星を仰いで、語りかけるように言葉を紡いだ。


「俺にとっては、初めて星に感動を覚えた日だから…」


その深緑の瞳をこっそり伺えば、どこか懐かしいげにうっとりとしているように感じられた。


「父さんが初めて皆を外に連れ出してくれて、お日さま園の窓から眺めるのとは全然違うこの綺麗な星を見せてくれた。それから俺は…」

「…星に興味を持つようになったんだね。へぇー…驚いた…」

「だから今でも鮮明に覚えてるんだ」


ヒロトが天体に興味を持ち始めたきっかけになった星々を改めて見上げる。

あの時ヒロトの心を焼き付けた星の殆どは、今はもう見れないかも知れないし、存在すらないかもしれないのだ。それなのに毎晩変わらず夜空に輝き続ける不思議な星たちに、興味を引かれるのも分かる気がした。



「あの時、次来た時に大切な人とこの星を見上げようって、決めてた」

空を仰いだままのヒロトがぽつりとそんな事を呟いた。そして右手に重ねられた、オレより少し体温の低い左手。


「…えっ……?」

そのままその手に包み込まれて、指先をそっと絡めてきゅっと握られた。
驚いて隣の彼を見れば、星ではなく俺に向けられた翡翠のようなその瞳。ふふっと微笑を浮かべた唇が、月明かりに艶めいていた。

「眺めたかったんだ、緑川と」

言葉と行動の意味を理解して、どんどんと顔の熱が上がっていくのがわかった。羞恥に思わず顔を俯かせる。
夜じゃなかったらきっと真っ赤になった顔が丸見えだったに違いない。


「ありがとう」

「…な、んでお礼?」
「一緒に星を眺めてくれたから」





二人で眺める星




「オレも…綺麗な星が見れてよかった…ヒロトと、」

握られた手にそっと力を込めて聞こえるか解らないくらいに小さく呟いた。




(どうかこの気持ちが、)

(伝わりますように)












end