dolce text | ナノ
甘ったるい至福
*情事後につき若干注意
薄いカーテンだけが閉められた窓硝子から爽やかな朝日が差し込んで部屋中を照らしていた。酔い痴れそうなくらい甘い倦怠感に侵された脳で、ゆっくりと瞼を開ける。
鼻先を薫ずるのはインスタントの珈琲のいい香り。静まっているこの部屋は、少し離れたキッチンでフライパンがじゅうっと音を立てているのが聞こえる。カチャッと合わさってなる食器の音が心地よい。
脳が酷く優しい幸福感に苛まれて、何故かすごく幸せだと思った。
寝相の悪い自分にしっかり掛けられていた布団の中でもぞもぞと動いて、いつもより重く感じる身体をベッドから起こし、まだ寝ぼけている脳でその辺にあった大きめのサイズのシャツを身につける。 そしてふらふらとした足取りでキッチンへと向かった。
「あ、起きた?」
寝室よりも大分明るいリビングでまだ眠い目を擦りながら立ち尽くすオレに気付いたヒロトが、出来上がったベーコンエッグの乗った白い皿をテーブルに起きながら言う。
「朝ご飯できたけど、先に体流してきなよ」 「…うん」
水分が不足した少し掠れ気味の声で返事をすれば、コップに八分目まで注がれた水を手渡された。 それを口に含んで、喉をごくりと鳴らしながら流し込んでいく。喉が潤うのを感じた。
空になったグラスを渡して、さっきより調子が少し良くなった声で。
「ひろと…」 「ん?」
「…おはよ」
コックを捻って温かいお湯で身体を流し始め、寝起きでぼやっとしていた頭が漸く覚醒してきた。
そしてそれと同時に思い出されるは、昨晩の情事。
縫い付けられたベッドの上、形だけの抵抗をしたオレに優しいキスを降らせたヒロト。妙に心地よいその愛撫は自分でも驚くくらいの甘い声を口から零れさせた。 指先で順致されたそこに初めてヒロトのを受け入れて繋がった時の幸福さえ思い出し、今更ながら羞恥を覚えた。
その後気を失ったように眠りに就いたオレの身体をヒロトは綺麗にしてくれたのだろう。後ろに放たれた熱の証拠すらなくて、目覚めた時に不快感を感じなかった。
まるで昨夜の一連の出来事が、夢だったみたいに。
一通り流し終えたオレはコックを逆に捻ってシャワーを止める。身体が火照っていたのは、シャワーのお湯のせいだけではない。
用意されていたタオルで水気を切って服を身につけながらオレは、空腹を感じながらもリビングへ行くのを少し躊躇った。先程思い出した事に感じた今更の羞恥のせいで、顔が熱を集めヒロトと上手く話せるかわからない。
「…リュウジ?」
そんな事をごちゃごちゃと考えていたら、シャワーにしては長いと心配してヒロトが脱衣所にやってきた。
「朝ご飯食べないの?」 「…あ…うん、食べる、よ!」
つい、羞恥極まり目を反らしてしまった。びくりと肩を震わせてしまったオレを見てヒロトは悪く思わないだろうかなどと心配していたが、彼はさほど気にせずに、いつものように薄ら笑いしながらオレの手首を取りリビングへと促した。
「あのさ、ヒロト」
いつもより遅めの朝食はいつも通り絶品だった。インスタントの珈琲なのに、焼いただけのトーストなのに、卵を割って焼いただけなのに、ヒロトの手にかかると何故か違う。
「…ごめん昨日は…急に」
「、そう…じゃなくて、」 「嫌だった…でしょ?」 「…だから、」 「もうしないよ、ごめんね」
やっぱり、そう思ってたんだ。 オレに半ば無理矢理“そういう事”をしてしまって、しかもオレが嫌がっていると思い込んで罪悪感でいっぱいになっている。いつも優しいヒロトだけど今日は割れ物を扱うかのように優しすぎるのだ。
誰もそんな事言っていないのに。
「…だから、違うってば!」
少し大きくなった声に驚いたように朝食を食べる手をぴたりと止めた。
「ばかヒロト…話聞けよ!」
双方の深い緑を向けられて、思わず俯いてしまう。
「…誰も嫌だなんて言ってないじゃん。オレ…さいしょは確かにびっくりしたけど…その…」
「う…、れしかったんだから…」
先程とは比にならないくらい恥ずかしくて顔がすっかり赤くなっているのが自分でもわかった。 顔が上げられないくらいの羞恥で俯いていると、カタッと椅子の動く音がした。そしていきなり、後ろからぎゅううっと優しく、でも力強く、抱きしめられる感触がして。
まだ湿っているのにも構わず、そっと触れられた髪。ゆっくりと後ろを向けば、そこに待ち構えていた柔らかい感触に唇が触れ、た。
甘ったるい至福
珈琲のほのかな苦味を感じるその口付けがゆっくりと離され「嬉しいよ」だなんて耳元で囁かれれて、漠然と、あぁ、しあわせだ、と感じるオレは、酷く甘ったるいその至福に心を預けて、前に回されている彼の指に指を絡ませた。
(もし全てが夢ならば、)
(どうか覚めないで)
end
*****
リハビリーヨ。すみません。
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