dolce text | ナノ
その月に忠誠を誓った星
*シリアス *最後に若干グロテスク表現含みます
薄暗い部屋の中で一人、隅に備え付けられたベッドに腰を下ろし、窓の外の夜空を見上げながら膝を抱える。
今宵の月は、陰暦で言う十六夜。 何時にも増して赤みがかって妖艶に光るその月は、おぞましいほどにオレの視線を吸い込んでゆく。
周囲で存在を主張するように輝く星も一段と綺麗ではあるが、それすらも自らの引き立て役としてしまうその十六夜の月は、天体の中ではまさにあのお方のような存在だった。
「あ、見て見てリュウジ!」 「なに?ヒロト」
まだランドセルを背負い学校に通っていた純粋な頃のオレとヒロト。
理科で習ってから天体に興味を持ち始めたヒロトは、しきりに部屋にひとつ年下のオレを呼んではお父さんに買ってもらったという子供用の望遠鏡を覗きながら、いろいろな事を教えてくれた。
七夕の織姫はベガで彦星はアルタイルだとか、そのふたつとデネブという星で第三角形をつくるだとか、星は神話に由来していてそれぞれに星座があるだとか、金星は内惑星だから宵と明けにしかみられないだとか。 月は自ら発光しているのではなく、太陽光を反射したものであるが故に、日食や月食があるだとか、月の満ち欠けを読むことで古代の人は暦を構成していただとか。
「ほら、あそこにひと際強い光で輝く星あるでしょ?」 「…あの星?」 「それ!隣にもう一個あるでしょ?」 「うん、」
「あの二つの星を中心に星を結ぶとほら、双子座。『ジェミニ』って言うんだよ」
「へぇ…!すごい!」
ひとつの望遠鏡をふたりで順番に覗く。たまに夜遅くまで夢中になって瞳子さんに怒られた事もあったし、そのままそこで寝てしまったこともあった。
今でこそ常識的な知識だと思っても、その時のオレにとってはどれも初めて知る事ばかりだった。 そんな彼と共に過ごす時間は楽しかったし、何よりもきらきらという表現の似つかわいしい、星よりも綺麗なその瞳が輝くのが好きだった。
そして今宵のあの月が『十六夜』だとを教えてくれたのも、彼だった。
しかし、そのヒロトは『消え』た。 皆が変わって、そしてオレも変わった、つもりだった。
たまに、こうやって今もオレの中に根付いているその知識を思い出しては、決して戻らないであろうあの時のような関係をオレの心はまだ求めているのだ。 心を閉ざして上辺だけしか変わっていなかった自分に気付かされて、思わず呆れて溜め息が出る。
でもそれが無理なら、いっその事、
この頂点に立つ、会うことすらあまり許されないあのお方は十六夜。そしてオレは、グラン様を引き立てる役を担う周囲の細々しい光の星でいい。
オレはお父様の為なんかではなく、計画の為なんかではなく、
「私はただ、あなたの為にこの身を捧げましょう」
その月に忠誠を誓った星
十六夜の月の前を、羽にその光を浴びた鱗粉を携えて一羽の蝶が横切った。
その月の光を受け妖艶に羽ばたく蝶の羽を、オレは千切り取った。
end
*****
日によって形を変えていく月はグランで、それの引き立て役がレーゼ。蝶はあえて言わないのでご想像にお任せ致します。
「十六夜」と「蝶」
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