dolce text | ナノ
あなたの抱きしめてくれた腕は、こんなにも暖かかった
*シリアス *これの続き
俺はただ、あなたの背中を眺めることしかできなかった。あまりに衝撃的すぎて、あまりに突発的過ぎて、あまりに茫然自失な出来事だったからだ。 その背中は小さく見えて、震えていて、妙に堂々としていた。
「18」と青い生地に白い文字で大きく書かれた背中が、見えなくなった。
途端に、霞む視界。 遠くに見えるサッカーボールも、生い茂った木も、真っ白いサッカーゴールも、全てを歪んでこの眼は脳に映像を送る。 瞬きをすれば、生暖かい液体が頬を伝う。さっき彼の手が重なっていた底は熱を帯びていて熱っぽいというのに、頬の上を滑る涙のほうがそれよりも熱かった。
ひとつ落ちれば、それはもう止まらなかった。ぽろぽろと流すつもりの無い透明な雫はどんどん瞳から零れた。拭う気にもなれず、その雫はユニフォームの腹の辺りへ落ちて染みを作る。
違うよ、ヒロトは勘違いしている。
どんなにケンカしてても、どんなに嫌な事をされたとしても、ヒロトにそう告げられるよりも俺はよかった。 どんなに口論でぶつかっても、ぶつかった先にきっと信頼が深まる何かがあると俺は信じていたよ。ヒロトとのケンカなら、嫌じゃないよ。
ヒロトと一緒にいられるだけで、俺は幸せなんだよ。
元々主従から成った恋、酷くされる事には慣れていた。 取り巻く環境が変わって、優しくされる事に最初は戸惑ったけれど、そんなヒロトが俺は心の底から好きになった。 だというのにヒロトは、「お前を幸せにできない」だなんてかっこつけて。誰も幸せにしてくれなんて頼んでないのに。
幸せなんてものは、ヒロトが一人で認識するものじゃなくて、二人で共有するものなのに。
「男同士?だからどうしたの」
お互い好き同士だと知った時のヒロトの台詞を思い出す。確かに俺はこの耳で聞いた。 言ってる事、矛盾してるよ。 ばっかじゃないの。
見透かしたようにいつも微笑んで、俺の考えてる事ばっかり知ってて、そんなヒロトは何でも一人で抱えて、ヒロトは勝手すぎる。
俺のなかは、いろいろな感情がぐちゃぐちゃ複雑に絡み合って、泣きたいのか怒りたいのか悲しみたいのか分からなくなっていた。相変わらず涙は流れ続けて、きっと顔は笑っちゃうくらい涙でぐしゃぐしゃになっているんだ。
こんなに悲しい思いをするなら、こんな気持ち、知らなきゃよかった。あなたを、ヒロトを、好きにならなければよかった、なんて。 それでも想いは溢れて、やっと一緒になれたのに、という矛盾した喪失感が伴う。
それとも、とひとつの仮定をはじき出す。 ヒロトの優しさに甘えすぎて、我が儘すぎて、愛想尽かされちゃったのかな。もう、嫌われちゃったのかな。
そう考えると、その背中を追いかけて全部ぶちまけてやろうと思った事が、一瞬で消失する。あんなにかっこいいヒロトが、俺と不釣り合いだなんて分かりきってた事。 愛想を尽かされるのも、時間の問題だったのかも。
最後に触れられた頬、最後に見つめられた瞳、最後に抱き締められたぬくもり。 思い出すだけでまた涙が溢れてきて、止まらない。
あなたの抱きしめてくれた腕は、こんなにも暖かかった
「だいすき、あいしてる、」
あなたへの愛の言葉を呟いてみたら、何故か妙にひどく渇いていた。
end
*****
2010年9月拍手文でした。
title by 確かに恋だった
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