dolce text | ナノ



幸せのカタチ



*シリアス










「…ヒロトなんか嫌い!」


はっと気づいた頃には、彼の口からそう紡がれてた。そしてその言葉を叫んだ彼も、気まずそうな顔をして。

最近俺たちはこんな事ばかり。俺はつい言い過ぎてしまうし、負けず嫌いな性格の彼もそれに言い返してきて、いつの間にか言い合いになってる事も少なくない。
お互い解っている。安心し合える仲になってきたからこそ『慣れ』が生じ、少し我が儘になる事を。
それは仲がいい証拠よ、だなんて以前姉さんに相談したらそんなことを言われたけれど、そろそろそれで補えるほどの遠慮が消滅しかけている事も確かだった。

好きだから相手を気にかけ、好きだから相手を心配して、好きだから口を出す。その先に待っているのは、信頼、だったはず。

俺たちは、どこで道を違えてしまったのだろうか…。



「その…ごめん、ヒロト…」

俯いてそう言う彼は、酷く悲しそうな憂いの顔をしていた。
お前は笑顔の方が似合ってる。そんな顔をさせてしまう俺は、多分、いや絶対、恋人失格だ。

俺と居てもきっと緑川は幸せになれないんだ。

そう、悟ってしまった。



あの言葉を、彼に言わせては駄目。だから俺から言い出さなければ。

「緑川、」
「な、に…」




「俺たち、…別れようか」

苦し紛れに吐いた言葉は自分でも驚くくらいあまりにも弱々しく、そして微かに震えていた。


「やっぱりうまく行かないんだよ、主従から始まった恋なんて。それ以前に、同性同士だってのがいけなかったんだよね。」

はじまりがきっと良くなかったんだ。好きになっちゃいけなかったのかもしれない。もしかしたら、出会うことさえ本当は許されない運命だったのかもしれない。
「必然は偶然の集まり」だなんていうけれど、これはきっと神様が間違えてしまった「偶然」なのかもしれない。


目の前のとても悚然として驚く彼の表情を視線でなぞる。やっぱり、いつものように笑ってるお前の方が、俺は好きだ。
きっと触れるのは最後になるだろうその柔らかい頬をそっと掌で包む。
潤みを帯びた黒く艶めく瞳がアメジストのようだ、と思った。


「ごめんね、俺じゃお前を幸せにできないんだ。最近ケンカばっかりだし」
「なん、で、」
「嫌な思いさせてごめんね」


最後に、いつものように自分の方に引き寄せて、壊れ物を扱うかのように優しく抱擁を交わす。交わす、といっても一方的だが。
ぎゅっと力を込めて、そしてすぐ離す。これ以上抱き締めていたら、きっとお前を手放せなくなってしまいそうだから。


「じゃあね、」




そう言って彼に背中を向ける。明日からはもう『恋人』ではない君に。明日からは俺たちどういう関係になるんだろう…。

家族、兄弟、幼馴染み、友人、知人、チームメイト、…

ひとつひとつを口に出してみたら、どの言葉も“さっき”の関係よりもひどく渇いて聞こえた。



幸せのカタチ



(大好き、愛してる、)

(ごめんね、ありがとう、)














(さよなら、)











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*****

2010年9月拍手文でした。
これに続きます


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