dolce text | ナノ
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がちゃり、と、ノックも無しにドアノブの回される音が暗闇に響く。同時に部屋のドアの金具の擦れる音も聞こえ、そこから微かに明かりが差し込む。壁に向かってベッドに横たわっていたオレは、ノックもせずに勝手に部屋に入ってくる人物をただ一人、知っていた。 その方向へ身体を回転させようとすると、背中辺りのベッドのスプリングの軋む音がして、そこだけその体重分だけ沈む感覚が伝わってきた。そして、掛け布団との間にするりと入ってくる優しいぬくもりがひとつ。 そのままオレの背後で横たわった彼は、サッカーをやってる中学男児とは思えないくらいの白い肌の腕をオレの前に回し、ぎゅううっと力強く、でも優しく抱き締められた。 首の後ろの辺りに顔を埋められる。 うなじを擽る柔らかい髪も、背中に密着した筋肉質ではないけれど引き締まったその身体も、鼻を微かに薫ずるその独特なにおいも、どれも間違いなく“彼”のものだった。
「どうしたの?」
前に回された手に自分の手をそっと重ねて、夜の静寂と暗闇に包まれた壁に向かってそう問いた。 微かに震えているように感じたその手は、まるでオレを離すまいとしているかのように力が込められていた。 足をもぞもぞと動かし、オレの足とそれを絡ませ、彼はぴたりと身体を重ねてきた。
前にも一度、こんな事があったと、ふと思い出す。
夜中、いきなり部屋を訪ねてきてこうやって抱き締められて、一晩を過ごした。いつもと何か違う雰囲気のヒロトは、何故かとても寂しそうで。 今みたいに力強く抱き締められたまま、ただ互いの左胸に刻まれる心音を安眠薬にするかのように眠りに就いた。
翌朝、その行動の理由を尋ねたら、なんでもないよと渇いた笑みを浮かべてヒロトは答えた。
恋人同士のオレとヒロト。辛い事があるなら言ってくれればいいのに。 そんな悲しそうな瞳の彼を前に、思わずその言葉を呑み込んだ。
「…ちょっと、いろいろ思い出しちゃって、ね…」
首の後ろ辺りに埋められたままの表情は伺えない。そっと唇から呟くように、不意にそんなことを告げた。
「ごめん、しばらくこうさせて」
微かに、本当に微かだが、震えた声が鼓膜を震わせる。 オレは返事の代わりに、回された腕をそっとぎゅっと握った。
悪いかもしれないけれど、そう言ってくれたのが嬉しかったのも事実。
何を気に病んでいるのかは解らなかったけれど、きっと辛い事を思い出してしまっているのだ。 オレだって、過去に起こした罪に何度も苛まれ、そしてその度に、オレを励ましてくれたのは他でもない、彼、ヒロトだった。 彼が辛い思いをしているなら、オレが少しでもそれを拭えたらいいと思う。ヒロトみたいにうまく言葉で励ますような事はできずとも、傍に居ることくらい、オレにだってできるのだから。
ただ純粋にそれが伝えたくて、壁を向いたオレはそっと後ろの彼に囁いた。
たまに、俺の脳内に『ノイズ』が入り込む。その『ノイズ』は記憶を掻き乱して、過去のあの出来事を鮮明に思い出させて俺を狂わせようとする。
彼の記憶を削除(デリート)したのは紛れもなく「この右手」だった。
あの光を受けて妖艶に輝く紫の石に手をかけて引き抜けば、彼はもうそこにはいなかった。あの二度と味わいたくない喪失感を、『ノイズ』が介入した俺の脳内は繰り返す。 俺はその苦しさに苛まれ、気がついたら彼の部屋を訪ねていた。 伝わるぬくもりが、鼻を掠めるにおいが、聞こえてくる心音が、全てが少しずつ掻き乱された脳内を『クリア』にしていく。
助け出したんじゃなくて、俺が救われているのに。
彼はそれに気づいてさえいないのに、心を読んだかのように言葉を発した。
「大丈夫だよヒロト、
オレはここにいるから、」
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end
*****
レーゼが学園を追放された時の悲しみを思い出して弱気になってるヒロトが、リュウジの存在を改めて感じて安心していれば良いな、と思って書いてみましたが、全然伝わらないですね。 ヒロトが甘えるのもいいと思ったのです。
緑基ぽい気もしますがあくまで基緑。
title by 確かに恋だった
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