dolce text | ナノ



死にたがりや



*緑川が病んでます
















この辺りで太陽が最も近い場所、建物の屋上に出て柵に手をつき今日も下を覗き込む。
米粒くらいに小さくなった自動車、点くらいにしか見えない人、それらが忙しなく入れ代わり立ち代わり動く様を見て、くらくらと眩暈に近い感覚が頭を襲う。いつも、この感覚に負けてしまう。

自ら地面に飛び込む勇気はないくせに、俺は死にたがりやだった。


いざ飛び込もうとすると、今更、というタイミングで恐怖が顔を覗かせて。魂の入れ物でしかない筈の躯が勝手に悸き、心だけでなく肌で恐怖を感じ、そこから後ずさるという選択肢しか与えてくれない。
だから俺はいつも死ねない。
この『生きる』という苦しみを開放してくれるのは“死”しかないのに。



「寂しい人生だね」

結局今日も柵にもたれて座り込んだ俺に、隣で同じく柵にもたれて立っている彼が呟いた。
たまたま鉢合わせした彼からのそんな同情の言葉なんか俺は要らない。求めてない。そうやって表面上だけの偽りの同情なんかなんの意味も成さない。
そもそも、俺は寂しくなどない。

「生きてて楽しい事ってない?」

尋ねられて、即答。
もちろん答えは『No』。楽しい事?そんな事全くといっていい程見当たらない。
親に捨てられた、言わば育児放棄された俺に、生きる資格なんかないのに。こんなのうのうと太陽の下で暮らす自分に腹が立つ。

「そっか…」

そう言って沈黙が訪れる。俺はただ、息苦しい太陽の日差しに嫌気がさしながらうなだれているばかりだった。
そんな沈黙を破った隣の彼は、俺と目線を合わせるかのようにしゃがみ込んでそっと尋ねてきた。

「俺と一緒に…楽しい事、やらない?」

尋ねられた意味が理解できずに顔を相手に向ければ、こちらに向いた緑の二つの瞳に見つめられて。同情だか憐れみだか解らないが、何故かその視線からは優しさに似たそれらが伺えた。

「たのしい…こと?」

尋ね返せば口の端が少し釣り上がって、目を細める彼。薄く開いた唇から、まるで愛する人の名前を呼ぶような声で言葉を口にした。

「サッカーだよ」

ふっ、と笑った彼は、その口からサッカーの魅力を次々に語る。
死にたいと思っている人にサッカーの魅力を語るなんて、俺にはいまいち理解し難い事だった。


「俺が生きててよかったと思う時は、サッカーをやってる時なんだ。だから、一度でもいいから俺と一緒にやって欲しいんだ……緑川に」

そうすれば、きっと生きててよかったって思えるんじゃないか?


そう言い残して立ち上がり、背中を向けて扉の方に歩いて、そのまま屋上を去って行ってしまった。



自ら地面に飛び込む勇気はないくせに、俺は死にたがりやだった。

(俺なんか放っとおけばいいのに、)

この『生きる』という苦しみを開放してくれるのは“死”しかないのに。

(馬鹿だよな…)




それから暫くして、屋上に毎日いたという人の姿を、近くのグラウンドで見かけるようになっただとか。













end









*****

テスト期間で鬱になってるときに前半300字くらい書いて、それをちまちま加筆したもの。リハビリ…のはずが病んでる話になってしまいました\(^o^)/
テスト期間はダメですね。こんな病んでる話しかかけない。

たまたま鉢合わせた、と書いてありますが、きっとヒロトは緑川が心配でずっと影から見守ってたと思います。


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