dolce text | ナノ
紡ぐ言葉の優しさに
ざあああ、といきなり天から降り注ぐ雫。あぁ降ってきちゃったなぁ、と思いながら急いで走る。 腕で頭を覆うなんてあんまり効果のないことをやりながら街を走っていれば、ますますざああ、という音を凄まじくして雨は地面に、そして俺に、叩きついた。
傘、持ってくればよかった。 思わず脳裏に『備えあれば憂いなし』なんてお得意の諺を思い出しては、今はそんな事を考えている場合じゃないのにと内心で自身に呆れる。
と、雨宿り出来そうな場所が視界に入る。シャッターの閉まったそこのお店の軒下で少しばかりお世話になろうと、そこに駆け込んだ。 ふぅ、とひとつの溜め息を吐き、びちょびちょになってしまった服の裾を絞る。髪もすっかり濡れていて、帰ったら真っ先に風呂に飛び込もうと決める。
雨、止まないかな…、 相変わらずざああと降る雨の勢いはさっきよりも増して、ますます帰れそうもなくなってしまった。 そう思っていると右のズボンのポケットが震えて着信を知らせた。慌てて携帯電話を取り出す。
かけて来たのは、ヒロトだった。
「もしもし」 『雨降ってきたけど、今どこ?』 「商店街で雨宿り中…」 『…だろうと思った』
ヒロトは俺の傘が家にあったのを気にかけて電話してくれたようだった。
『どうする?迎えに行ってあげようか?』 「ん…別にいい。来てもらっても俺もうびちょびちょだし、ヒロトが濡れるし」 『そう…?俺は迎えに行って濡れて、緑川と一緒に風呂入ってもいいんだけどね』
含み笑いをされながらそう電話越しに言われ、思わず恥ずかしくなる。
「もう…バカな事言うなって…!」 『ふふっ、ごめんごめん』
そう言って笑うヒロトの声が、何だかとても温かく感じる。 依然として降る雨の中でひとり雨宿り、彼と電話している事がその焦燥感や煢然を紛らわしてくれている。
「ありがとう…」
不意に零れた言葉。話の脈絡に全く沿わないその言葉の意味を、見抜いたのか既にお見通しだったのか、はたまた理解せずに受け取ったのか、俺には解らなかったが、その優しい声に心臓が甘くきゅうう、と締め付けられるのを感じた。
『風呂沸かしとくから、気をつけて帰っておいで…』
「あぁ…雨が弱まったら、帰る」
そう言ってそっと受話器を耳から離す。電話は切られた。
雨は相変わらずざああと音を立ててコンクリートに叩きつく。
服は湿っているし髪も濡れていて寒い筈なのに、胸の内はじんわりとあたたかかった。
紡ぐ言葉の優しさに
あなたが待つ家までの距離を、あなたが紡いだ言葉の優しさに胸を踊らせながら走って行く。
end
*****
テスト勉強をしていると急にざああ、という雨の音。きっと急な夕立に困っている人がいるんだろうなと思って膨らんだ妄想の産物です。 いい息抜きになった…。ヒロトが妙に優しくなりました。 今更ながら砂緑にすればよかったと絶賛後悔中…
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