dolce text | ナノ



そしてゆるやかな終焉へ



*緑川は先天で女の子
*緑川16歳、砂木沼18歳くらい
*皆お日さま園に住んでいる
















砂木沼さん、

夜も深い時間、そう小さい声で呼ばれて振り返ればそこには物悲しげな表情をしたリュウがいた。

「お話が…あるんです」

二人だけで話がしたいという彼女の希望で、今いるリビングで話す事は他人に聞かれてしまう危険性がある為に、自室に通した。
向かい合わせで正座し、お互い顔を合わせて真正面になるように机を囲む。彼女の真っ直ぐに見つめてくるその純粋な黒い瞳からは、苦肉の決心が伺えた。



裏で何かしている事は何となく察していた。最近よく父さんに呼び出される事が増えていたし、その呼び出された理由を問い詰めれば「たいした事じゃないです」と作り笑顔を向けられて立ち去る。
気になるものの、触れて欲しくないものだと悟ってそうっとしておいたが、その作られた笑顔はいつまでも頭から離れずにいた。

その偽りの笑顔から悲しみが伺える理由が今、やっと解った。


「私、明日付けで、

 籍を入れることになりました」


リュウは静かに口を開いて言った。

私は始め、リュウの発言が全く理解が出来なかった。
幼い頃から面倒を見てきて明日で十六になる少女にいきなり、籍を入れることになった、と言われて誰がすぐ理解できるだろうか。

「…籍?」

「、はい…」
普段無邪気に笑顔を振り撒く彼女からはあまり想像できないような悄然とした表情、そして震える声。それは嘘ではない事を十分示していた。真実だと解ると次に知りたいのは、
「…相手は?」

「お父様の取引先の、御曹司です」

それが彼女の望んだ入籍ではないとすぐに解った。


しばらく沈黙が続いた。
この事を打ち明けられてから、徐々に鈍い衝撃がじわじわと効いてくる。
どうしてこんな事になってしまったのか、そんな疑問が浮かぶ。そもそも入籍とはとてもおめでたい筈なのに、祝ってあげる言葉も言う気には到底なれずにいる。
それはやはり、自分は彼女に好意を抱いているからだ。

目の前の少女はとても酸楚な表情でこちらを見つめていた。そして彼女は一度小さく息を吐き、ゆっくり口を開いて沈黙を破って言った。


「…この話が出たのはもう半年も前、私が明日の十六の誕生日を迎えると同時に入籍する事も、既に決定事項でした。私がこの話を受けた理由は、お父様の為です。でもそれだけではありません」

そう語る声は徐々に弱々しくなり、微かに震える。

「孤児という身の上、後々はこの園を巣立って行く事になるでしょう。その時に後ろだてがあった方がいい、とお父様のご配慮でこの話を頂きました。お金の事に関して、相手は御曹司、今の学費はお父様の吉良財閥が持って下さっていますが、明日からはその相手の方が持って下さいます」


いくら吉良財閥がお金持ちだと言っても、服役を終えたお父様に園全員の学費は大きな負担になりつつあった。それでも皆一人一人を大事に育ててくれている。それを気にしての彼女なりの配慮も合わさって、この話を受けたという事だった。


「…お前は、それでいいのか?」

どうして当たり前の事を聞くのかと自分でも思った。言い訳があるまい。彼女の表情や口調から察すればそれくらい一目瞭然だった。
「…相手の方はとても優しく、紳士で高貴な方でした。大事にして頂いてます…」

だから、大丈夫です、

そう言って偽りの笑顔を向けた彼女は今にも涙が溢れそうな程、瞳に雫を溜めていた。


「…この話はお父様と瞳子さんと、そして砂木沼さんしか知りません。みんなには黙って此処を去るつもりです」

本当はあなたにも黙っているつもりでした、と涙を袖で拭いながら静かに告げられた。

「どうして、私にだけ伝えた?」

「……あなたに知ってもらいたかった…から、」

とうとう耐え切れずに瞳から涙をぽろぽろと流し出した。
涙、止まらなくなっちゃった、と彼女は無理矢理笑顔を向けて言う。その表情がとても胸に突き刺さる。見ていて辛かった。

そして彼女を思い切り抱きしめる。二人を隔てていた机を退けて、頭を抱えて背中に回した腕に力を込めて、引き寄せるように出来るだけ優しく、でも力強く。
「、さぎぬま…さん?」
彼女は突然の事に驚いていたが抵抗は全くしなかった。


愛している、

ただそう耳許で囁いた。
今想う己の内の気持ちを言葉で表現するなら『好き』などよりも近い言葉。

もう一度ゆっくりその六文字を囁く。

「…っぅぁああん…さぎぬまさん!さぎぬまさん…っ!」

腕の中のリュウは声をあげて泣き始めた。さぎぬまさん、と何度も鳴咽混じりに呼ばれ、その度に腕に力を込める。シャツは彼女の涙で微かに濡れているのを感じたが、そんなもの構っていられないくらい彼女が愛おしかった。



しばらくして彼女が落ち着き、抱きしめあったまま耳許で囁かれる。


私も、愛してます、


「だから、お願いがあります」

そういってゆっくり頭の力を緩めて、彼女と見つめ合うように顔だけ距離を取る。
そしてリュウの表情がみるみるうちに顔が赤く染まり、伏し目になっていく。胸の辺りの服をぎゅうっと握りしめられて、少し躊躇いがちに放たれた。


「…私の『初めて』を、

 砂木沼さんが貰って下さい…」


そう聞いた瞬間、
唇に小さい唇が押し付けられた。



(せめて一晩だけでも、あなたのものになりたいんです)











end









*****

治さんとリュウちゃんのお話でした。切ない…!!
治さんがヘタレでなかなか手を出さないから、相手の御曹司さんがリュウちゃん気に入っちゃってこういう事になってしまった、という設定です。リュウちゃんもいい子だから、お父様の為、いずれは自分の為、と思って話受け入れちゃう…。書いている本人も涙ぐみながら書かせて頂きました。
ずっと書きたかったので満足です。しかし長い。

title by 確かに恋だった


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