dolce text | ナノ



君依存症



数日、たった数日、君に会えないだけなのに、今すぐに会いたい。



「じゃあ、いってくる」

いつもより大きめのバッグを肩に提げて靴を履き、玄関の一段下がった所でこちらを向いてそう言う。俺は一段高いところで見送りをしている為、いつもは同じくらいの目線であるヒロトをほんの少しだけ見下ろす状態になっている。

彼は、これからお父様が刑務所に入所するまでの数日、瞳子さんと三人でちょっとした旅行をするのだ。お父様に見張り付きではあるがその許可が降りたらしい。
三人の時間を過ごせる事はこの先難しくなるだろうから、と、瞳子さんの提案で決まったそうだ。

どうしてヒロトだけが、と妬む者はいない。それは皆が、お父様の実の息子の生前の姿がヒロトによく似ている事を知っており、それが大好きなお父様の一番喜ぶ事であるのも理解していたからだ。俺もその例外ではなく、純粋に三人に楽しんで来てもらいたかった。


少し不満そうな表情をする俺に顔を近付け、ヒロトは困った様に微笑んだ。

「そんな顔されると、行きづらいな」

そう囁いて少し背伸びをした彼は俺の頭に手を置き、束ねた髪の毛を崩さぬように優しく撫でた。

「ふふっ、淋しい?」
「こ、子供扱いするなっ!」

乱暴に手を払い退けて伏し目になりながらも照れ隠しする。そんな俺を見て今度は少し淋しそうに微笑み、お土産買ってくるから、とドアの方へ向かう。扉を開け、半分外に出た状態で再びこちらを向き、言葉を残す。


「淋しくなったら、電話かけて来ていいからね」

そしてカチャリ、と静かに扉は閉まる。しーんとした玄関は急速に俺の気持ちを急かした。

(…数日会えないのに、!)

そう思った瞬間、その辺に置いてあった履物を足に引っかけ、扉に体当たりするかの如く勢いよく外に飛び出る。そこにはまだ門を抜けたばかりのヒロトの背中が見えた。


「…っヒロト!」

そう呼べば振り返る。どうしたんだい?と立ち止まってくれるヒロトの元に急いで向かう。引っ掛けてきた履物が走りにくい。
ヒロトの元に着くや否や、俺は顔を詰め寄らせて強引に、

その無防備な唇にキスひとつ落とす。


触れるだけの、子供みたいであどけない様なキス。
今の俺にはこれが精一杯。

唇を離して、後ろを向く。自分でこんな事をしたにも関わらず、顔がどんどん火照っていくのを感じる。

「ヒロト…忘れ物」

そう呟くのでいっぱいいっぱいだった。今更ながらどうしてこんな恥ずかしい事をしたんだ、と自問してしまうくらい恥ずかしかった。

すると急に後ろからぎゅ、と抱きしめられる。


「ありがとう、リュウジ」


そう囁いて直ぐに離れて行ってしまった。

俺は振り返れなかった。



最近はいつも一緒にいる事が当たり前だった。だから余計に、会いたい。
朝別れたばかりだと言うのに、声が聞きたい、会いたい、淋しい。電話してもいいと言われたが、楽しんでいる所に水を差したくはなかった。さっきから右手に納まる携帯電話を開けては閉めて、を繰り返していた。
こんな状態で数日、過ごせるのだろうか。


君依存症は、知らぬ間にこんなにも進行していた。

どうやらとても深刻らしい。












end









*****

寂しがるリュウジが可愛いと思って書きました。特に夜こっそりと泣いていると可愛いと思います。結局ヒロトが「どうしてるかなー」って心配になって電話かけるといいですよね。
忘れ物はいってきますのちゅーでした。どこの新婚さんだ…笑


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