dolce text | ナノ
嘘のような本当の話
「それ嘘でしょ」 「あーもう!…なんでヒロトには直ぐバレるかなぁ…」
はぁ、と溜め息をついて緑川はまた難しい顔をする。
今日から日本では暦上、新年度を迎える日である。新入生、新入社員、進級、入学、などとどれも新芽のような言葉をそれとなく耳にする。 そして同時に、嘘をついてもよい日と知られているのが今日四月一日のエイプリルフールであった。
その風習に基づいて緑川は一生懸命考えては嘘をついてくる訳だが、俺の前ではエイリア時代で培った演技力を持ってしても俺にはバレバレであった。今日はこれでもう何回嘘を見破っただろうか。
「緑川はわかりやすいからね」 「他のやつは騙せたんだけどなぁ…」
ソファーに座る俺の隣に彼は腰掛け、両腕を後頭部で組んでそう呟いた。 その発言から、どうやらお日さま園の皆を一通り騙し回ったようだと推測する。まぁ、晴矢は単純だし風介は思考が一般人と比べ吹っ飛んでるし、砂木沼は意外と堅物で真面目だから、その演技力で楽しんできたのだろう。 因みに朝方、晴矢と風介にちょっとした冗談を言ったら「お前の嘘は嘘か本当か解りづれぇ」などと飽きられてしまった。
「オレ、そんな分かりやすいかな?」 「少なくとも俺はそう思うよ」 「ヒロトは解りづらいよね。誰かと婚約しましたーとか明らかな嘘でも皆信じちゃいそう」
目の前のテーブルに置かれた、未だ口をつけていない俺のアイスティーに手を伸ばし、そして勝手に流し込む。その光景を目にした俺は、まぁ別にいつもの事なので構わないが、と思っているところに、そのグラスをテーブルに置き緑川が言った。
「そういえば、ヒロトから嘘つかれてないよ」 「俺に嘘ついて欲しいのかい?」 「いや別にいいけど…エイプリルフールに乗っかってなんかやらかすのかと思ってた」
つまり、彼はそれを望んでいるというのか。それなら恋人の期待に応えない訳には行かないだろう。 自分の口端が思わず少しだけ上がったのが分かった。
「俺はね、嘘でも緑川に嫌いだなんて言えないんだ。だからいっその事、嘘みたいな本当の事を言って皆を騙せばいいと思うんだけどさ」 「前半と後半の内容が噛み合ってないだろ。それで、嘘みたいな本当の事って?」
「例えば…さっきお前が言ったような婚約とかね」
「…こんやくぅ?誰が誰と?」 「もう分かってるでしょ?」
あからさまに驚いて見せた緑川との距離を少し詰め、右手で頬を撫でるように引き寄せる。そうすればだんだんと羞恥の色を点す顔と、泳ぐ視線。
「駄目かい?」 「…嫌だったらもう逃げてるっての…!」
上擦った声でそう言う彼は、羞恥を隠そうと相変わらず視線を反らせていた。純情な反応をする緑川が相変わらず可愛いと思いながらも、そっと顎に手を添えて柔らかな唇にそれをそっと重ねた。触れるだけのリップ音がする。そっと離して、彼に聞こえるだけの小さな声で囁いた。
「まぁでも、ここで婚約なんて誓わなくたって俺はお前を離さないけどね」 「恥ずかしい事ばっか言うな…ばかヒロト」
少しも罵られたと感じないのは、彼の声音のせいか、それとも。
「…嘘、じゃないよね?」 「そんな嘘を俺がつくと思うかい?」
嘘みたいな本当の話
「俺、緑川と婚約したんだ」 「はいはいそうですか」 「そんな事より晴矢、ここにあった私のアイス食べただろう」 「食ってねぇよ」
end
*****
2011年4月拍手文でした。
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