dolce text | ナノ
小さな春の訪れ
たまたま通り掛かったとある公園に、もう随分昔から見慣れ萌黄色を目にしてふと足を止めた。 萌黄色、と言っても草木などの自然ではない。季節はまだ三寒四温という言葉がまさにぴったりな寒暖の差が激しい三月、やっと草花が芽吹き始めた頃だった。
まだ風が肌寒い公園で一人、彼はぼうっと木の枝を見つめていた。ほんの悪戯心でそっと近付き、耳許で囁く。
「何してんの、緑川?」
途端に両肩をびくりと震わせて驚く反応はやはり彼らしい。高い位置に結わえたその萌黄を揺らしてこちらを振り向き、安堵の溜め息を零して胸を撫で下ろした。
「…なんだ、ヒロトかぁ…」 「なんだ、って…俺じゃ駄目?」 「あ、いやそういう意味じゃなくて…」
ほんの出来心でそう意地悪っぽく問えば、慌てて弁解をする彼。そんなころころ変化する忙しい表情が面白くて、思わずくすりと笑ってしまった。
「桜、早く咲かないかなぁと思って…」
見かけた時と同じ様に、再びその木の枝を見上げてぼそりと彼は言った。
「何でまた急に…」 「ほら昔、瞳子さんがお日さま園の皆をお花見に連れてってくれた事があったでしょ。それを思い出したんだ」 「うん、そんな事もあったね」
とても懐かしい思い出という心の宝箱に大切にしまった記憶のひとつを蘇らせる。桜に見とれてふらふら歩き回った風介が迷子になったり、落ちてきた花びらを捕まえると意気込んで晴矢が顔面を木にぶつけてしまったりしたっけ。そうそう、それから緑川は鯉が珍しくて覗いていたら誤って池に落ちてしまったっけ。 大変だったけれど、とても楽しかった事は朧げながら覚えている。それはどうやら彼も同じようで、和らげな表情で微笑んでいた。
「そういえば…今年は久々にまたお花見やるんだって。弁当の準備を手伝って欲しいってこの前言われたよ」 「え、ホント…?!」 「しかもお日さま園の皆だけじゃなくて、今回は円堂くんたちも誘うらしいよ」
お世話になった人みんなって言っていたから、恐らくイナズマキャラバンやネオジャパンで関わったメンバーも呼ぶのだろう。そしたら結構な大人数になる。 今年は随分賑やかなお花見が出来そうだ。
「そっか…楽しみだなぁ」
まだ芽吹く気配も感じられないその木の枝を見上げながらそう呟く緑川は、黒い瞳を細めて笑みを浮かべた。
「じゃあ姉さんに団子たくさん用意してもらわなきゃね」 「オレ、団子はあんこがいい!」 「と言って、醤油もよもぎも食べるのはどこの誰だい?」 「え…だって美味いんだもん」
花見はどこへ行ったやら。彼お得意の諺で言えばまさに『花より団子』な緑川に、ふふっと微笑んで静かにその枝の先を見つめた。
小さな春の訪れ
頬に当たる風はまだまだ冷たい。
end
*****
2011年3月拍手文でした。
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