dolce text | ナノ



月だけが見ていた



*話にあまり関係ないですが年齢操作してます

















その申し出は、我ながら唐突過ぎるものだったと思う。

いつもはセバスチャンの運転する車の後部座席で一時間程も揺られていれば赴くことの出来るそこに、今日は少し肌寒い風を受けながら長い髪を靡かせてそこへ向かっている。目前のがたいのいい背中にしっかりと抱き着きながら。
ヘルメットと風とエンジンの音と二つのタイヤが地面を勢いよく擦る音のせいで会話はまともに出来やしなかったが、口下手はいつもの事だ。特には気にならなかった。
藍色のカーテンを閉めたようにすっかり更けてしまっている空は、月が仄かに碧い光を放ち、そして星が煌めいている。走り去る街灯が眩しい。前に回した腕に僅かに力を加え、少しだけその背中に体重を預けてみた。

バイクを走らせ始めて、まだ数十分。



夜の海は静寂がこれでもかと言う程君臨していた。波が時折優しく引いては押してを繰り返す音くらいだ。街灯も疎らで、光と言えばポケットに滑り込ませた携帯電話の電子的なものか、高く昇った月だけだった。

慣れないヘルメットから頭を引っこ抜けば、乱れた髪に触れられる感触。ただじっとして、優し過ぎるその絡まった髪を解く手櫛の感触を味わっていれば、少ししてから「直ったぞ」と優しく呟かれる。後ろを向きそっと微笑めば、手中にあったヘルメットはいつの間にかバイクに置かれていた。


「すまないな、こんな夜中に」

時間も時間なので家の者に出掛ける事を告げなかった。いや正確にはこっそり抜け出してきた、という表現の方が正しい。世話焼きの幼馴染みやセバスチャンに見つかっていないといいが、それほど上手く事が運ばないのが現実だ。
自分がくどくどと説教されるのはそれ相応の我が儘を言っている認識があるので仕方のない事だが、問題はその自分の我が儘でバイクを走らせてくれた恋人にも降り懸かる事だ。
まぁ帰宅してからに関しては後程頭を悩ませればよい。今は半ば無理を言って恋人を連れ出してまで眺めたかった此処を楽しみたかった。

そう言った意味を込めて、一時間程前の出発時にも述べた謝罪の言葉を再び口にした。

「だから構わねぇって…さっきも言っただろ」

たまたま起きてた、なんて嘘までついて数ヶ月前に購入して漸く乗り慣れてきたというバイクを走らせてくれた。ここ最近立て込んでおり、会うどころか連絡さえ疎らだったというのに。
失礼を承知で夜遅くにかけた電話越しの声は、明らかに今まで睡眠体勢でしたといわんばかりの声だった。


浜辺へとゆっくり歩み、近くのちょうどよい高さの岩にそっと腰を下ろす。二人は裕に座れるであろうにテレスはそこには座ろうとせず、ただ隣に立つだけだった。
そんな二人が見つめる方向は、ただ以前として静寂に包まれた地平線を一望できる海。

「…少し、嫌な事があったから海を眺めたかったのだ」
「嫌な事?」
「代々バルチナス家と良好な関係の家のパーティーが催されたため、私は社交辞令でそれに赴いた。しかし…当主が苦手なタイプの人間で、加えて良くない商談を持ち掛けられたのだ。フィリップの力もあってそれに関しては事無きを得たのだが…思い出すだけで気分が悪くなる」

バルチナス家は由緒正しくイギリスでも有名な貴族だという事、素っ気なくても日頃から頻繁に交わすメールの文章からエドガーが忙しい事を、テレスも重々理解してくれている。

最近はその騒動のせいで気分が悪く、結局睡眠と呼べる睡眠を取れず、心安らぐ何かで気持ちを落ち着けたかった。
だからと言ってそれを皮切りに「海を眺めたい」、更には「会いたい」などと甘えてしまう自分にも困り者だ。その我が儘を聞き受けてくれてしまうテレスは、やはり不器用な優しさを持ち合わせた性格ゆえだろう。
明日(もう日付が変わってしまっているのだから正確には今日)が休日なのがせめてもの救いだ。


久々だった事もあり、海風に当たりながら暫くぽつりぽつりと談笑をした。しかし夜の海風は着込んで来たにも関わらず想像以上に肌寒く感じる。
思わずくしゃみがひとつ飛び出た。
随分甘やかされた環境で育った為、サッカーをやって身体を鍛えていても人一倍体調を崩しやすいらしい。常々言い聞かされているから、風邪でも引けばあの幼馴染みがまた煩いだろう。

そんな思考を巡らせていると、ぱさ、という微風と肩に感じる温かさ。視線を向ければそこにはすっかり見馴れたジャケットが掛かっていた。
誰の、など考える必要はない。静まった夜更け、浜辺にいるのは自分ともう一人だけなのだから。

「寒いんだろ、羽織ってろよ。風邪引かれちまうとあの姑が煩いからな」
「テレス…」
「俺はすぐ風邪引く程柔じゃねぇ」
「あぁ…そうだな」

「姑」という尤もらしい喩えに破顔しつつも、その心遣いを有り難く受け取る事にした。
自分よりもかなりサイズの大きいそれは、暖を取るには十分だった。


ありがとう、と感謝の言葉をそっと口にすれば、波の音に混じってぶっきらぼうに短く返ってくる返事。
そして自分に少し身を寄せ岩の開いたスペースへ腰を下ろした。
まるで暖を取るように。

今日は帰ったら、安らかに眠りに就く事ができそうだ。




月だけが見ていた



(再びバイクに跨がって帰宅するのは、もう少しだけ先)











end









*****

テレエド熱の勢いあまって書き上げてしまいました…口調把握しきれてないのに執筆してすみません。寧ろ当サイトにお越し頂いている方には需要すらないですね。
詳細設定は気にしたら負けです。二人共どこ住んでんの?って感じですが…
彼氏ジャージとか恐ろしく萌えます。テレスの上着羽織るエドガーさんが書きたかっただけなので満足です。



menu