dolce text | ナノ
甘ったるい珈琲
コーヒーメーカーを使うのは久々な気がする。その証拠に、コーヒーメーカーは棚の奥の奥に仕舞われてしまっていた。
父さんが取引先に赴いた際に貰ったという高そうな包装が施されたコーヒー豆を少しだけ分けて貰った為、せっかくだからと天気のいいある日曜の朝、それをゆっくりと味わってみることにしたのだ。
先程ドリッパーに入れたコーヒー豆は、既に下のサーバーの半分の目盛りまでコーヒーとして溜まっていた。そのサーバーの取っ手を持ち、食器棚から取り出した色違いで同じ大きさのマグカップをふたつ、そこにコーヒーを注いでいく。 赤というよりは桃色に近い陶器独特の色合いのマグカップがひとつと、黄緑の鮮やかなマグカップひとつ。 本当は、こういう滅多に口にする機会がなさそうな高級そうなコーヒーはブラックで味わうのがいいんだろうけれど、きっと彼に文句を言われてしまうだろうから。赤い方には角砂糖ふたつとミルクを少しだけ入れ、ティースプーンでさっとかき混ぜた。 ふんわりと湯気が立ち、いい匂いをあたりに散らすそのマグカップふたつを持って、俺は自室へと足を運んだ。
「リュウジ、ちょっと開けてー」
ふわふわと両手から漂ってくるコーヒーの匂いに浸りながら、俺は自室のドアに向かって呼びかけた。両手が塞がってしまっているからといって、足で扉を開けるのも行儀がよくない。 その呼び掛けに応じて直ぐに開いた扉からひょっこり覗かせた顔は、直ぐさま手元のマグカップに興味を示すかのように視線を移した。
「コーヒー入れてきたよ」 「サンキュー!」
機嫌が良さそうにそう返事をして、リュウジは俺が通れるように少し退いて扉を開けてくれた。中へ入って俺は、その手に持つふたつのマグカップをそっとテーブルの上へと置く。 湯気と一緒にほのかに立ち込めるそのいい匂いがテーブルの上に広がった。
そして扉を閉めてテーブルの傍に腰を下ろしたリュウジに、そっとその赤いマグカップを差し出してやる。 それを受け取るなり、彼は中のコーヒーをまじまじと見つめているので、「ちゃんと砂糖も入れたよ」と知らせてあげれば、満足そうにそれを口に含んだ。
「このコーヒー、父さんから貰ったんだけど、かなり上等品みたいだよ」 「へぇ…確かにいつもとちょっと違うよね」 「そりゃあ、いつも飲んでるのはインスタントだからね」
インスタントコーヒーと比べられるとは、きっとこのコーヒー製造者も思ってないだろう。それくらいかなりの上等品みたいなのだ。 そんなコーヒーがお気に召したようで、こくこくと喉を鳴らして飲んでいるリュウジの発言に苦笑しつつ、黄緑色の陶器のマグカップに入ったブラックコーヒーを一口含んでみる。甘ったるいのは好きではないけれど、これは…うん、やっぱりミルクくらいは入れた方がよかったかな…。
「ヒロト、苦いって顔してる」 「本当に苦いからね…」
普段ミルクを少しだけ入れて飲んでいるだけあって、やはりブラックだけでは少しばかりきついものがあった。
「オレの一口飲む?」 「お前のは甘ったるすぎてちょっとなぁ…」 「苦いのと中和できるかもよ?」
無邪気に差し出された赤いマグカップには、もう半分くらいに減ってしまい温くなったコーヒー。 差し出された勢いで受け取ってしまい、まぁリュウジの言う通り少し中和できるかもしれないと、それをほんの少しだけ口に含んだ。
甘ったるい珈琲
そのコーヒーは、実に味わい深いのに、実に甘すぎて。
(あ、そういえば間接キスだね)
(わっ、わざわざ言うな!)
end
*****
2011年2月拍手文でした。
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