dolce text | ナノ



初めはちっぽけな想いだった



微かに吹く風が、ケンブリッジブルーの髪をさらさらと揺らす。頭上に広がるよく晴れ渡った空よりも美しく、南国のビーチに押し寄せる波よりも静かに、地球を彩る海よりも優しい貴方のその髪が優雅に靡くのを、ただ綺麗だと見つめる。

昔から好きなその髪の色は透き通る程清らかだ。


フィールド上でボールを追いかける事により煽られる髪を、風に任せて靡かせるその後ろ姿も実に素敵だが、こうしてティータイムを悠然と過ごしながら、長い前髪を微風に泳がすそれもいい。

思わずその色素が綺麗で糸のように細く輝く髪を一束手に取り、そっと指で梳いてみた。指通りがよいそれは、直ぐに指と指の摺り抜けてぱらぱらと落ち、重力に順応する。


俺の煎れたとっておきの茶葉の紅茶を一口親しんで、彼、エドガーは少し擽ったそうに微かな笑みをこちらへと向けた。

「どうした、フィリップ。急に私の髪など触り出して」
「あ、いや……すまない…」

髪からぱっと離した手を素早く引っ込めようとして、それをエドガーの手が俺の手首を掴んだ為に制止された。
そしてそのままの笑みを向け、彼はまた口を開いた。

「なに、君なら構わない」


紳士の鏡である彼がいつも女性に掛けるように、酷く優しい声音でそう言うので、胸の内が思わずどきりと高鳴った。きっと彼は無意識だろうその声音は、俺の惚れた弱みに付け込むかのように妖艶だ。

むしろ無意識だからこそタチが悪い。


「いくらでも触るといい」

ケンブリッジブルーの髪より少し落ち着いたトーンの色をした幻想的な瞳に見つめられる。
言われるがままに髪をそっと触らせて貰った。艶やかで手触りがいいこの髪は、丁寧な手入れが施されている事を物語っている。

「だが、何故突然触ってきたんだ?」
「……そ、れは…」

背中に回って彼の髪に触れている俺に投げ掛けられた質問に、どう答えたらよいか解らず狼狽えてしまった。



例えば、同性の幼馴染みに「風に靡く貴方の髪が綺麗だったから」と言われ、喜ぶ男が何処にいるだろうか。

バルチナス家所有の屋敷でよく催されるパーティーで女性に対して紳士的な行いをする彼は、異性にそう褒められればきっと嬉しいに違いないだろう。

だが彼にとって俺は親友であり、幼馴染みであり、チームメイトであるのだ。その俺が女性に披露するような口説き文句を彼に言った所で、どう思われるかなんて予想くらい安易につく。


それでも、前髪に隠れた瞳も、優しく微笑を浮かべる表情も、フィールドを駆け回るその姿も、そして空より海よりどんな虹より世界一甘美な色彩を放つその髪も、愛しいと思ってしまうのだ。


「…貴方の髪の色が綺麗で、つい…」

気付いたら触っていたんだ。


言葉にしてみたはいいがやはり言うべきではなかったと、羞恥と後悔がどっと押し寄せてくる。

「……フィリップ…」
「い、いや何でもない。今のは忘れてくれ、エドガー」

ばつが悪いように俺はその髪から離した手を自分の口許へと宛て、視線を泳がす。そんな俺を座っているエドガーは見上げるように顔をこちらへと向けた。ちらりと一瞬その表情を見れば、ほんのりと紅潮した頬が伺える。


「…ありがとう、フィリップ」

普段あまり人には見せないような柔らかい微笑を浮かべてそうお礼を述べた彼の予想外の言葉に驚き、思わずそっと尋ねてみる。


「その……気持ち悪いとかないか?」
「何がだ?」
「何がって……同性の俺が君の髪を褒めただろう?」

「いいや、……そんなことはない」


微かに恥じらいを含んだような笑みを向けられて、また俺の心臓はどきりと音を立てて高鳴る。

「確かに男性に髪を褒められるなど、あまりいい気はしないだろうが、…何故か今のは気にならなかった…というより、」


嬉しかった、


無自覚というのも困り者だ。そんな台詞にその表情は、俺の中の何かをぷつんと音を立てて途切れさせるくらいの破壊力を持ち合わせていたのだから。


その綺麗な髪ごと、少し細身の背中をそっと抱く。顔を埋めた髪からは、男性のそれとは思えないくらいシャンプーのいいにおいがした。


「貴方の髪、好きです」


いつか伝えます。でも、とりあえず今日はこれが精一杯の言葉なのです。




初めはちっぽけな想いだった


どうしてだろう、フィリップが私の髪を触る手つきが酷く心地よかった。髪が綺麗だと褒めてくれ、好きだとも言ってくれた。
背中を抱きしめられたときは少々気恥ずかしさを感じたものの、何故か決して心地悪いものではなかった。

確実に芽生え始めたその名称に気付くのは、もう少し後の事。












end









*****

だんだん迷宮入りしてしまいました…フィリップはエドガーに対し一歩身を引いてるイメージがあるので左側のくせに動かしづらいです。要するにエドガーさんの髪が素敵ですよってことです。←
天然たらしなエドガーさんが足りないです。

title by 確かに恋だった


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