dolce text | ナノ



ずるいから好きです

40000Hitキリリク / 音玖さまへ



そよそよと薄いレースのカーテンを靡かせて部屋をすり抜けていく微風が心地よい、そんな普段より日が当たり少し暖かく感じる冬のある午後のこと。
この季節独特のからりと乾いた空気と澄み渡った空は、妙にしっくりしていて気持ちがよい。

今日は体を休めるという目的で練習がない為、部屋でゆっくりと過ごしている訳だが。
何せ普段、サッカーばかりやっているからやることがなく、オレは酷く暇を持て余していた。


「ねぇ、ヒロト」

暇を持て余した故に俺は、数人掛けのソファーにくつろいだように座って、手元の難しそうな本に目を落とす彼に呼びかける。

「…何?どうしたの?」

不自然な間を置いた後にぺら、と本の捲れる音と、よく知る声が同時に鼓膜を震わす。ただ、彼の目線は文字の羅列に落とされたままだった。

「ひまー」
「…うん、そうだね」
「オレ、暇なの!」
「うん」

文字の羅列が印刷されただけの紙が、そんなに面白いのだろうか。オレとの会話のキャッチボールがいかにも粗略で、思わず溜め息が出る。

「ねぇ、何読んでんの?」

違う方向の質問を投げかけてみたものの、視線は相変わらずその紙面に落とされたまま、表紙や背表紙を見せられるだけだった。

「面白い?」
「……うん、それなりに」
「ヒロト本読むの好きだったっけ?」
「…うん、それなりに」

なんかもう、だめだ。
オレの座る一人掛けソファーの前のテーブルに置かれている、自分専用のマグカップの中身を一口ごくんと飲み込んだ。
砂糖を多めに入れた甘い珈琲は、少し冷めていて不味かった。



今ヒロトの視線を奪っているのはあの本で、今ヒロトの脳に入り込んでいるのもあの本で。
自分はといえば、同性ではあるけれど一応は恋人という関係にあるのに。

彼は普段、少しばかり過剰なスキンシップで愛情表現をしてくれる。
当然公衆の面前でもあまり関係ないといったように抱きつかれたり手を引かれたりするため、本心は嬉しいながらも羞恥が勝っていつもそれを突っぱねてしまう。そんなヒロトが今は、オレを気にかけずに本に夢中になっているのだ。

何とも言えない妙な嫌悪感が胸の内をじわじわ侵食していくこの感覚は、そう、まるで嫉妬みたいだ。


本にヒロトを取られているみたいで、嫌な自分が確かに存在した。



そんな現状に、自分の心に、思わず再度大きな溜め息を吐き俯けば、くすくすと笑い声がそこから聞こえる。

「ごめん、構って屋の緑川が可愛くって、つい」

そっと視線を送れば、先程までその白くて綺麗な手中に収められていた本はテーブルに置かれていて、こちらを見ていつものように微笑むヒロトが窺えた。

ということはつまり、

「…わざと、ぞんざいに扱ってた?」
「うん、だからごめんって…」

顔の熱が一気に上がるのを感じて、思わず両手で覆い隠す。
要するに、構って構って!なオレみたくてわざと本に集中しているふりをしていたという事だ。

「ばか…!!」
「ご馳走様でした」

ヒロトはさぞ満足してるだろう。
もう何度とこの手に引っかかっているのに、学習しない自分も自分だが。


「緑川、」

普段とは少し違った様子の、猫なで声のようなそれで名前を呼ばれて、顔を向ければ、

「こっちにおいで」

両手を広げ、数人掛けのソファーへ迎え入れるようにそう言った。こちらを見る深緑は、ひどく慈愛を含んだような熱っぽさを孕んでいた。
半ば体当たりのようにそこに飛び込めば、ふわりと鼻を掠めるのは大好きなヒロトの匂いだった。




ずるいから好きです


「俺が緑川よりも優先するものなんてないって、知ってるでしょ?」

耳許で囁く声はずるいけれども、それすらに安堵を感じるオレの脳はきっと麻痺してるんだろうな。











end










*****

40000Hitキリ番にてリクエスト頂きました、音玖さまに捧げます。

お待たせ致しまして申し訳ございませんでした。リクエストは『基緑で構って欲しい緑川とそれを狙っている基山』でした。気に入らない点などございましたら仰って下されば書き直し致します。
リクエストありがとうございました。

音玖さまのみお持ち帰り可。


title by 確かに恋だった


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