dolce text | ナノ



初めて名前で呼んだ日

企画提出




物心がついた頃には既に一緒に遊んでいた記憶があった。家が近かった為に母親同士の仲も良かったし、小さい頃は友達の中でも特に一緒にいることが多かった気がする。互いの家に遊びに行ったりご飯を馳走したりされたり、時には泊まりに行ったり来たり。
だから当然、一緒に風呂に入ったこともひとつのベットで一緒に寝たことも二人並んで正座をさせられて怒られた事も、もう何度もあった。

まるで兄弟のように、あるいは双子のように育った俺たちは、世間一般で言う所謂『幼馴染み』だった。

十余年以上経った今でも、流石に昔のようにくっつき回ってということはないにしろ、その仲のよさは変わらなかった。中学でクラスを違えてしまっても、違う部活に所属していても、あいつとの距離はそのままだった。

その関係にひとつの線が引かれたのは、全ての脅威(つまりエイリア石においての事件全て)が終わった後の事。

初めて真正面からぶつかった俺たちは、その十余年という長い時間をかけて築き上げてきた『幼馴染み』という関係をぶち壊し、それよりもっと親しい関係、つまり恋仲になった。
当初はその甘い響きに心地よさを感じていたが、現実はそううまくは行かないようで。

最近、俺の心に恋人だからこそのある事が引っかかっていた。



いつもと変わらぬ、夕焼けの差し込む鉄塔広場。放課後、円堂はサッカー部としての練習が終わった後、ほぼ毎日と言っていいほどここに来て満足するだけ練習をする。
それに付き添い自分も練習をするが、今日は少し話があると予め声をかけていた為、二人で稲妻町を羨望できるそこのベンチへ腰掛けた。

「それで、話って何だ?」
「あぁ、大した事じゃないんだが…」

西へと傾いた太陽の光を受けながら問いかけてきた円堂に、俺は俯き加減でそっと口を開いた。

「お前がそういうときは、大体大した事じゃなくないだろ…」
「はは、確かにそうかもしれないな」

エイリア石においての事件の後、俺たちが作ったルール。気づいた事はどんな事でも相手に話す。例えそれが、どんなに些細な事でも。

「でも、今回は俺が気にしているだけで、本当に大した事じゃないんだ」
「風丸が気にするなら大した事だろ。話せよ」


本当に些細な事なのだ。ただ、練習中にふと気づいてしまった事。
例えば、名前の呼ばれ方だとか、呼び方だとか。

「俺たちって、…恋人だよな」
「当たり前だろ!」

幼い頃の靄のかかったような曖昧な記憶の中にも、ランドセルを背負っていた頃の少しだけ頼りない記憶の中にも、はっきりと思い出せるこの制服に身を包んだ頃の記憶の中にも、探しても見つからないものがひとつだけ、あった。


「なのに俺たち、名前で呼び合った事ないなと思ってな…」


確かに自分の名前は呼びづらい、そうは思っていた。幼い頃から苗字で呼ばれていたし、自分もそれでいいと思っていた。

しかし円堂がとある人物を呼ぶ際に名前で呼んでいて。もちろん皆も自分も彼を呼ぶ際は名前なのだが、自分がされた事のないことだと気づいてから、それに対して妙な独占欲を持ってしまったのだ。我ながら心が狭いとは思う。けれど、気になってしまってからはどうしようもなく。


「言われてみれば確かにそうだな」
「な、…大した事ないだろ」
「そんな事ない」

渇いた笑いで円堂に呟けば、いつもの真っ直ぐな視線をこちらに向けて口を開く。
どんな些細な事でも、円堂は誰とでも真正面から向き合う。人の思いを無下にはしない。そういう奴だと一番良く知っているのは他でもない、俺だ。

「風丸は俺に呼ばれたいのか、名前」

「呼ばれたい…のかもしれないな」

言われてから気づいた。俺は一度でいいから、名前で呼んで欲しかったのかもしれない。

「呼んでみてくれないか?」

これは幼馴染みとしてではなく、恋人としてのお願いだった。
俺の願いを聞いた円堂は一度唾をごくりと飲み込んで、そしていつもより小声で、俺に囁くように言った。


「…一郎太……」


「…ま、もる……」





初めて名前で呼んだ日



見合わせた顔を二人で夕陽よりも真っ赤にし、そして笑い合う。

「なんかよく分かんないけど、恥ずかしいな…」
「だな…ごめん円堂、やっぱ普通でいい」


その時が来たら。
もしこの先に“その時”があるなら。

(とりあえず、今はこのままで)












end










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1+2=幼馴染み!様に提出しました


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